「臨時料理人のケン氏に、調理スキルがないですって?」
「そ。ついでにいえばあの男、町の食堂の料理人だっていうのも嘘みたいだよ」

 本人の来歴までは、今のルシウスの人物鑑定スキルの習熟度では読み取れなかった。
 だが、より高度な鑑定ができる上級や特級ランクの持ち主や、専用の鑑定用魔導具があれば看破は可能なはずだ。

「しかし、採用時にギルドの魔導具で鑑定して、身元確認はしっかり取れてるはずです」
「経歴が見えなかったから、何か隠蔽スキルか、隠蔽機能のある魔導具を持ってるんじゃないかな。それにあの男、今のギルマスたち三人が来る前からいた人なんでしょ? 調べたほうがいいよ」

 そう、ギルマスのカラドンとサブギルマスのシルヴィス、受付嬢のクレアは同時期に前任者たちと入れ替わりでココ村支部に赴任してきている。
 飯マズ料理人は、それより前からココ村支部で週一で食堂の厨房に入っていた。



「確かに、料理人でありながら、あの飯マズや手際の悪さはおかしいと思ってました」

 あの飯マズ料理人、週にたった一日しかシフトがないのに、ものすごく厨房を汚すのだ。
 鍋やフライパン、まな板なども汚れが落ちきっていないし、翌日いつもの料理人のオヤジさんが洗い直していることをシルヴィスは知っていた。

 一度それとなく注意したことはあるのだが、目に見える汚れならちゃんと洗い落としているのに、なぜ文句を言われるのかわからないという反応をされている。
 鍋やフライパンに残った油分などもきっちり洗い落とさねばならないはずだが、どうも理解していないようだった。

 言われてみれば、調理スキルとプラス持ちでありながら、後片付けもまともにできないのはおかしなことだ。
 衛生的にも問題がある。

 ただ、彼がシフトに入るのは週に一度だけだし、これまで食中毒などの問題も起こしていなかったから、日々の忙しさにかまけて対応をついつい後回しにしてしまっていた。



「その“飯マズ”なんだけどね。調理スキルがないのに調理の仕事してることのペナルティみたいだよ」

 本来、調理の仕事は調理スキルに「プラス」のオプションが付いたものでなければ、できない。
 そういう決まりのある職業スキルなのだ。

「彼が来るのはまた来週です。それまでに、ギルドマスターと対策を練ることにします」
「それがいいね。あの様子だとそう遠くないうちにボロを出してくると思うけどね」

 ちょうど今、ここココ村支部にはルシウスのステータスの詳細鑑定のために、ハイヒューマン用の超高性能な鑑定用魔導具がある。
 本部に返却するのを少し先延ばしして、飯マズ料理人を鑑定し直すべきだろう。

飯マズ料理人のステータス擬装

 食堂に移動して、ルシウスは持っていた蓮茶を、シルヴィスはスッキリするミントティーを入れて、少し飯マズ料理人対策を話し合うことにした。

「ああいうタイプ、僕の故郷にも何人かいたよ。少し煽って突っつけば、勝手に自滅しそうな気もするんだよね」
「私の故郷にもいましたね……どこにも似たような者はいるのでしょう」

 対策とはいえ、要するに相手が何かボロを出すよう仕向ければいいだけだ。
 今のところ、相手はルシウスだけに態度が悪く異常な反応を見せている。
 だから、ルシウスが食堂にいるときはできるだけ、シルヴィスたちギルド側の人間も同じ場所にいるようにして、飯マズ料理人の言動を注視していればいい。

『ココ村支部 雇用者名簿』で例の飯マズ料理人の雇用者情報のページを確認する。
 雇用時に、ギルド側の鑑定用魔導具で、ステータス鑑定した内容を写し取ったものだ。


名前 ケン
所属(出自) ゼクセリア共和国ヒヨリ町 第二商店街◯◯食堂
称号 料理人
スキル 調理スキル初級プラス


「僕の人物鑑定スキルで見たあの男のスキルはこうだよ」

 シルヴィスに許可を貰い、赤ペンで書類の上から訂正を入れていく。


名前 ケン
所属(出自) ミルズ王国 ××× ××××
称号 ××××
スキル ××× ×××× ××× ××××
ペナルティ 飯マズ

特記事項
《飯マズ》調理スキル未保持にも関わらず保持者と偽って調理の仕事をしていることのペナルティ。
就労国の調理師ギルドに自己申告もしくは職場の管理者を通して申告し、反省文の提出と所定の違約金を支払うことで解除可能。


「このバッテン×のところが見えなかった。何か隠蔽スキルか、隠蔽機能のある魔導具を持ってるはず。僕の今の人物鑑定スキルは中級ぐらいみたいだね」
「ステータスの隠蔽看破は上級ランクからでしたか。惜しいですね」

 だがルシウスは自分の体質に適合するスキルを自動的にどんどん覚えてしまうレアスキルの“無欠”持ちだ。
 そのうち、更にランクアップしていくだろうことは間違いない。

 この世界では、鑑定スキルは珍しい貴重スキルのひとつだ。
 上級や、最上級ランクの特級ともなれば各国に一人いるかどうか。その上、初級だからといって数が多いわけでもない。
 学んだからといって習得できるとも限らない難しいスキルだった。

 実際、ここココ村支部にもすべての鑑定スキル持ちが揃っていない。
 通いの売店の定員が物品鑑定スキル、このサブギルマスのシルヴィスも物品鑑定スキルのみを保持している。
 他の魔力鑑定や、人物鑑定に関しては専用の鑑定用魔導具に頼りきりだった。

「どう思う? あの飯マズ男」
「……他国の諜報員の可能性がありますね。ですがミルズ王国の出身者なら、難民の可能性もあるので。あそこは内情が不安定で他国に民が流出しています。隣国のここゼクセリア共和国に流れ着いていたとしても不思議ではない」
「でも、なら何でステータスを偽ってるんだろね?」
「現状だと何を言っても推測にしかなりませんね。……参ったな、ただでさえ人手不足なのに更に問題か」

 シルヴィスがこめかみを軽く指先で押し揉みしている。頭が痛い。