慣れない調理をこなし、皆に後片付けを手伝って貰って厨房もピカピカに磨いた。
 これで明日、安心していつもの料理人のオヤジさんに厨房をお返しできる、とルシウスは満足げだった。

 夜も10時を過ぎると皆、食堂から解散で、ギルド併設の寮や、町に取っている宿などに戻っていった。

 ルシウスも2階の借りている宿直室に戻っていたが、寝る前に女魔法使いのハスミンに貰っていた蓮茶のティーバッグでもう一杯、お茶を飲んでおくことにした。

 もうお腹も痛くないが、昼間あのお茶を飲んだ後は気分も心も身体もスッキリして、とても気持ちが良かった。

 ハスミンの師匠のひとりに聖女がいるそうで、その聖女様に祝福されたお供え物(プラサード)の一種なのだそうだ。
 聖女様にお茶のティーバッグを大量に捧げた信者がいたそうで、聖女様はそのお茶を大変気に入って、祝福した後で人々に配ったとのこと。
 ハスミンは聖女様の弟子だったから、少し多めに貰って、(リンク)内のアイテムボックスにストックしてあったらしい。



 給湯設備は食堂にある。
 食堂は24時間開いているのだ。
 誰もいないから明かりは落とされているが、壁際の給湯設備やお茶やコーヒーのある場所だけ小さな電球が灯っている。

 こぽこぽこぽ、とマグカップ一杯分の熱湯をティーバッグの上から注ぐと、ふわあ〜と食堂内に蓮の花の甘い、うっとりするような芳香が広がっていく。
 この世界で蓮は聖なる植物のひとつ。
 そこに聖女様の聖なる魔力が込められているのだから、相乗効果ですごいことになっている。
 香りが広がった空間がどんどん浄化されていくのがわかる。

 くんくん、と鼻を鳴らしてルシウスは目を閉じてその香りを堪能した。

「僕以外の聖なる魔力、初めて見たなあ。ネオンピンクなんてすごい色」

 目を閉じていても、蓮茶から迸る聖なる魔力の色は鮮やかに網膜に焼き付いてくる。
 ちなみにルシウスの持つ聖なる魔力はネオンブルーだ。
 同じ聖なる魔力持ちでも人によって個人差があるらしい。



 一口だけ蓮茶を飲んで、残りは部屋に戻ってゆっくりしようと食堂を出た。

 出入口から出ると、その真ん前に今は誰もいないギルドの受付カウンターがある。
 いつもニコニコ笑顔のココ村支部の癒し、受付嬢クレアの指定席だ。
 その隣に事務室へのドアがある。

「………………」

 ルシウスは無言でドアノブに手をかけた。
 鍵はかかっていない。冒険者ギルドは建物自体に防犯魔法がかかっているから、金庫や倉庫、ギルドマスターの執務室以外は施錠されていない。
 許可なく備品を持ち出そうとすると警報が鳴ってすぐ犯人が拘束されるようになっている。

「別に盗むわけじゃないし……」

 そろーり、音を立てないように事務室に忍び込む。
 昼間見たお目当てのものはソファの後ろの棚だったはず。

『ココ村支部 雇用者名簿』だ。あった。

 だが、そのファイルに手を伸ばそうとしたところで、別の手が先回りしてファイルを抜き取った。

「お探しのものはこれですか? ルシウス君」

 何も気配のなかったところから声をかけられて、さすがのルシウスもビックリした。

「あれっ、シルヴィスさん? 何でこんな時間に」
「それはこちらの台詞です。営業時間の終了後に事務室に入っちゃダメだと教えてあったでしょう」

 さすがに渋い顔をして、めっとお叱りを受けた。

 聞けば、昼間、ルシウスが職員名簿のファイルのある棚をじーっと見上げて見つめていたのが気になっていたのだという。

「事情を話したら、それ見せてくれる?」
「内容によりますね」

 かくかくしかじか。

 ルシウスから語られた事情に、いつも穏やかなおじさん、……ではなくお兄さんのシルヴィスは灰色の瞳の目を瞬かせていた。

「そんな、まさか。彼が!?」



 あの飯マズ料理人に調理スキルがないだなんて、そんな馬鹿な。