「お前のところもおめでたか。うちもだ」
「何と、グレイシア王女様ですかな!?」

 数日ぶりにメガエリスが王宮へやってくると、誰も彼もが妙に浮かれている。
 理由はすぐに判明した。
 次期女王のグレイシア王女懐妊が判明したとのこと。公式発表は明日の新聞朝刊らしい。
 一足先に知ってしまった。

「まさか、ひ孫が生まれる頃まで生きているとは思いもしなかった」
「何を仰るか。ひ孫の更に子供を見るまで根性ですよ、根性!」

 ヴァシレウスは79歳。ここ数年は大病続きで弱っていたが、最近はだいぶ持ち直してきている。
 いける。この男なら100の大台に乗ってみせるだろう、とメガエリスは本気で思っている。

 ちょうど、王宮内の畑で取れたそら豆が食べ頃とのことで、先王のヴァシレウスの晩酌のお相伴に与ることにした。



 キリッと冷たく冷やしたライスワインの入った硝子の片口から猪口に注ぎ、軽く互いに合わせてから乾杯である。

「うちのルシウスもちょうど、ココ村支部でそら豆を食したようで。塩茹でと、シーフードとの炒め物とポタージュを作ったそうです」
「ルシウスは調理スキル持ちだったのか?」

 初耳である。

「ええ。ギルドマスターからの報告書では、私の持っている調理スキルを自動習得したそうで。ギルドでハイヒューマン用の鑑定を受けて、諸々の詳細が判明したようです」

 こちらもそら豆を厨房で調理してくれているうちに、塩茹でを摘まんでむにっと押し出してはライスワインでキュッとやっている。

 一通り懐妊祝いで盛り上がった後は、話題はやはり、ゼクセリア共和国の冒険者ギルドに派遣しているメガエリスの息子ルシウスのことになる。

「タイアド王国との戦争回避が決定されたのなら、私もココ村に行っても良いですかな?」
「却下。現役伯爵で元騎士団の団長だったお前が行くと、内政干渉を疑われるぞ。行くならカイルだ」
「ですよねー。だがカイルは駄目です。嫁も懐妊したことですし、子供が産まれるまでは国から出したくない」

 そもそも、元々はルシウスのお兄ちゃんカイルに来ていた話だったのだが。

「何にせよ嫁の出産時期までには、ルシウスも帰還させてもらいますぞ」
「まあ、派遣期限はその辺りまでで潮時だろうな」



 そのルシウスのお兄ちゃんカイルはといえば。

「カイルはルシウスに手紙を書くようになったのか?」
「ダメですね。口頭で嫁に代筆させてるのがせいぜいで」
「まだ一通も出してないのだろう? ルシウスがそれに気づいた時点でホームシックで飛んで帰って来そうではないか」
「そこはそれ、ココ村支部の皆さんは子供の扱いが上手いようなので。ホームシックにかかりかけると、上手く気を逸らしてくれているようですよ」

 そう、まだまだ子供だから単純なのだ。
 でもメガエリス的には、お兄ちゃんだけでなくパパ恋しいと思ってくれてたら嬉しい。

 リースト伯爵家の長男カイルの弟ルシウスへの鬱屈は、原因が複雑に絡み合っている。
 悪意ある親戚に不和の種を蒔かれたせいもあるが、ここ数年は自分が魔術師なのに弟は魔法使いで聖剣持ちなことにダメージを受けている様子があった。

 魔法剣は血筋で受け継いでいるものだからカイルも使える。
 だが、それ以外の魔法に関してはほとんど適性がない。
 兄カイルは魔法の下位互換である魔術の使いこなしのほうに適性があるのだ。

 現在所属している魔道騎士団は、魔法と魔術、両方を使いこなす魔力使いが所属する騎士団。
 カイルは血筋で受け継いでいる金剛石ダイヤモンドの魔法剣の魔法剣士だが、本人の適性としては魔術師。
 それでも他の騎士たちを圧倒する実力の持ち主なのだが、やはり魔法剣以外の魔法がほとんど使えないというのが、本人にとっては屈辱らしい。

 対する弟ルシウスは、魔法でも魔術でも一目見ると、すぐ覚えて使いこなしてしまう。
 使えないのは、血筋に固有の魔法だけだ。

「顔だけでなく、お前の大雑把なところも似れば、カイルも人生随分と楽になっただろうになあ」
「ははははは。私に似たからこそ、繊細でよく気の回る男に育ったのですよ」

 どこがだ、と鋭く突っ込む代わりにヴァシレウスはまたライスワインを口に含んだ。
 夏向けの爽やかな吟醸酒だ。フレッシュな白ワインのようで飲みやすい。

 だが、今でこそ愉快な髭のイケジジのメガエリスにも、尖った頃というものがあった。