リースト伯爵メガエリスの次男ルシウスが派遣されている、ゼクセリア共和国ココ村の冒険者ギルドから、リースト伯爵家にお手紙が届いた。
 いつもの飛竜便でだ。

 まずギルドマスターからの報告書。これは一度眼を通して控えを取ってから、ルシウスを派遣した王族の皆さんに提出する。

 他はもちろん、愛息子ルシウスからのお手紙だ。
 兄カイルからの叱咤激励に感激したらしく、嫌がらせをしてくる飯マズ料理人を見事コテンパンにしてみせます、と強い筆跡で決意が綴られている。

 その他には、今週はどんなお魚さんモンスターを倒したか、また冒険者ギルドで職員や冒険者たちとどのような交流をしたかなどが日記のように綴られている。
 こちらはじっくりと読み返した後で、ルシウスが通っている学園の中等部の担任教師に提出だ。

 今、ルシウスは学園を休学扱いになっている。
 ただし、課題さえこなして提出すれば進級できるよう、グレイシア王女様が学園に対して手配し、交渉してくれていた。
 問題集を各教科ごとにこなし、あとは冒険者としての活動報告を提出するように、というのが学園側からの指示である。



「あらー。ルシウス君はゼクセリア共和国で就学しないのですね。この年頃の子供で自習は大変なんじゃありませんか?」

 長男カイルのお嫁さん、ブリジットが心配そうな顔になっている。
 てっきり、冒険者活動の合間に現地の学校に通っているのだとばかり思っていた。

「ココ村支部に出没するお魚さんモンスターは本当に凶悪らしくてな。学校に通っている間に大挙して押し寄せてきたら対応できぬからと、常駐しておるそうだ」
「ふふ。ルシウス君は自習できる子なんですね。私の弟なんて、夏休みともなればすーぐ遊びに出かけてしまって、休み明けの数日前に泣きながら一気に宿題をこなしてましたっけ」

 そんな家族の話をブリジットがすると、メガエリスのふわふわのお髭が見る見るうちにぺしょーんと生気を失っていった。
 リースト伯爵家の一族の者は、自分の魔力が髪や髭などの体毛に満ちているので、本人のテンションによって艶やハリがかなり左右される。

「数日前から取り掛かるなら、まだ良いではないか。うちのルシウスなぞ前日だぞ、前日!」
「あらー」

 上には上がいた。



 夏休みの最終日、朝食の席で父親のメガエリスが「お前たち、夏休みの宿題はきちんと終わらせておるか?」と確認したところ。

 兄のカイルは「そんなの夏休み前の試験休み中に終わらせたよ」とできる男の片鱗を覗かせた。
 お兄ちゃんは優秀なのだ。

 問題は弟ルシウスのほうだ。
 レモンスライスをのっけた領地特産の鮭のベイクドサーモンとパンケーキの朝食をもりもり平らげていたが、ぴたっと動きを止めて何かを思い出すような顔になった。

「宿題。わすれてた」

 そこからが大変だった。
 執事や侍従たち家人だけに任せてはおれぬと、速攻で騎士団に有給届けを早馬で提出し、友人たちと約束があると嫌な顔をする兄カイルを引き留めて、夏休み分丸々の宿題に取り掛かったのだ。

 それから遊びに来た兄カイルの友人や先輩たち、中にはグレイシア王女様もいて王族の彼女まで巻き込んで丸一日取り掛かっても、当然ながら宿題が終わるわけがない。
 いくら溺愛していても、さすがにメガエリスも息子の宿題を肩代わりするような甘いことはしなかった。
 あくまで宿題をこなすのはルシウス本人。父や兄、その友人や先輩たちは助言と励ましに留まった。

「あらー。それじゃ宿題は結局どうなったんですの?」
「仕方ないから翌日の新学期、朝一番で私も一緒に登校して担任の先生に頭を下げてきたよ。あと数日だけ、提出を待ってくれるようにと。夏休み中、休暇を取ってルシウスと領地で遊び回っていて、私も息子たちの宿題のことなどすっかり頭から抜け落ちていた。親の監督不行き届きだからな」

 兄のカイルは王都に残って、学友や先輩たちとの交遊を深めたり、修行などをしていた。
 弟のルシウスは、領地の視察に行くメガエリスに連れられて、視察のお供をしたり、川遊びをしたり川遊びをしたり川遊びをしたり。
 要するに大半遊んでいた。

 申し訳なさそうに息子ルシウスと同伴してきた父親メガエリスに、ルシウスの担任教師は何ともいえない顔をして呆れていた。


『勇猛なるリースト伯爵閣下にこんなこと申し上げるのも申し訳ないんですけどねえ。ルシウス君のようなお子さんには、もう少し厳しくされても良いのではありませんか?』


 と、やんわりはっきり釘を刺されたのが、ちょうど去年の夏休み明けのことだ。
 それから頑張って、甘々なパパから威厳のある父にシフトしていこうとしたのだけれども。

「さすがに、教師にああ言われてしまうとな。顔から火が出るかと思ったわ……」
「あらー」

 長男のお嫁さんブリジットとルシウスは、結婚前に両家で顔合わせした日と、結婚式の当日しかまだ会っていない。
 多少の会話は交わしたが、麗しく愛らしい子だなという印象だけで、性格までは掴めていなかった。
 話を聞いている限りだと、なかなか楽しく愉快な少年だと思う。

「ルシウス君、早く帰ってきてほしいですよね。おうちの中は賑やかなほうがいいですもの」

 ブリジットはワンピースの下腹部をそっと撫でた。
 まだ結婚して一ヶ月そこそこだが、定期検診で妊娠の可能性を示唆され、ちょうど検査結果が出たばかり。結果は大きく丸。

 このリースト伯爵家は、家格の低い子爵家から嫁入りしたブリジットや家族が当初予想していたような嫁いびりもなく、大変快適な婚家だった。
 産まれる子供が女の子でも男の子でも、この舅も、今日は騎士団に出勤している夫も、そして遠い国にいる義弟ルシウスも可愛がってくれることだろう。