なお、舅の義父メガエリスによる、次男ルシウス語りはまだ続いている。

「夏休みの宿題のときも困ったが、ルシウス、あの子ときたら。学園からの大切なお知らせのお手紙まで忘れたときはこのメガエリス、さすがに肝が冷えたわ」



 当時まだ現役の魔道騎士団の団長だったメガエリスは、ルシウスと同年代の子持ちの部下から、

「閣下、明日の授業参観、楽しみですね!」

 と声をかけられてびっくりしたことがある。
 ルシウスが王都の学園、小等部に入学した年のことだ。
 つまり、学生になって最初の年の、最初の授業参観。
 息子大好きパパのメガエリスにとって、絶対に外せない大イベントだった。
 もちろん兄のカイルのときも毎回欠かさず参観していたものだ。

 しかしそんなときに限って、翌日は王族の護衛任務があって外せない。
 そこで部下から詳細を聞き出し、王族の皆さんに平謝りして、途中から遅れて任務に加われるよう頑張った。
 先王のヴァシレウスや国王テオドロスに秘蔵のウイスキーを献上する羽目になったが、記念すべき息子ルシウスの最初の授業参観に参加できるなら何ということもない。

 母親を早くに亡くしているので、子供たちに不自由させないよう、学園の行事にも積極的に参加していた父子家庭のリースト伯爵家。



 騎士団から自宅に帰宅するなり、メガエリスは下の息子ルシウスのもとへ怒り心頭で向かった。
 ルシウスは兄のカイルと、リビングで談話していた。

「父様、おかえりなさい!」
「ああ、ただいま。……ってそうじゃなーい!」
「?」

 にぱっと満面の笑顔で両手を広げて出迎えてくれた息子の愛らしい姿に、引き締めていた顔が蕩けそうになる。
 が、あえて心を鬼にして息子を見下ろした。

「ルシウス。何か私に言うことがあるな?」
「???」

 厳しく問いただされて、不思議そうにルシウスが首を傾げている。

 まったく、なーんにも心当たりありません、と言わんばかりの澄みきった湖面の水色の瞳でメガエリスを見上げていたルシウスは、何かに思い当たったような顔になった。

「父様、いつもありがとう、おしごとおつかれさま! だいすき!」
「!?」

 輝くような笑顔とともに腰の辺りにぎゅーと抱きつかれた。
 この時点でもうメガエリスは厳しい顔つきも、膝も、焼きたてパンにのせたバターのごとく蕩けて崩れ落ちた。
 ぎゅーだ。パパからも全力でぎゅー返した。

「私の息子、可愛すぎでは……?」

 ダメだ、これはもう怒れない。

「父様、それで何があったんです?」

 苦笑しながらこちらは中等部の長男のカイルがフォローを入れてきた。
 かくかくしかじか、と説明すると、カイルは弟ルシウスを連れてルシウスの部屋に戻り、通学鞄を持ってすぐに戻ってきた。

「おてがみ、あったきがする!」

 鞄をリビングのテーブルの上に引っ繰り返すと、中からは教科書や筆記具入れ、よくわからない木の実やおもちゃなどが散乱する。

「ルシウス。鞄の中はちゃんと整理しなきゃダメだよ」
「はーい」
「学園長からのお知らせのお手紙も、ちゃんと帰ってきたらその日のうちに父様に渡さなきゃダメ」
「はあい」
「次に同じことやったら、しばらく遊んであげないからね」
「やー!」
「やーじゃない。お返事は?」
「ちゃんとします! つぎからおなじことやりません!」
「よし」



「兄のカイルがしっかり者だったから、私も油断しておった。あやつは興味のないことはとことん無関心でなあ」
「あらー。わかる。わかります、うちの弟もそんな感じで。我が家は母が厳しく管理してましたけど、それでもしばらく確認しないでいると、中に木の実や木の枝が入ってるんですよねえ」

 捨てようとすると「僕の大事な剣だからダメ!」と怒られてしまう。
 男の子あるあるである。

「一度、トカゲの尻尾が入っていて、母が激怒しまして。次に同じことやったら家に入れないと通告しても、やっぱり繰り返しましたねえ」
「わかる。うちなど、鞄に入った捨て仔犬を見たときはさすがにどうしようかと。中で漏らしたのに気づかず帰宅して開いてみたら、鞄も教科書から何から全部台無しだ」
「あらー」

 あのときばかりは、ルシウスも父親のメガエリスに必死で謝ってきたものだった。
 それで鞄も教科書も買い直しだ。

 なお、拾ってきた仔犬は家人に貰われて、リースト伯爵家の敷地内の使用人棟の庭で元気いっぱいに育ってまだ健在である。



「お義父様、それでルシウス君はいつ頃までゼクセリア共和国の冒険者ギルドに派遣されているのです?」

 微妙だという兄弟仲のこともあるし、一応ブリジットが確認してみると。

「うむ……。現状、ルシウスがいないと戦力的にココ村支部が回らぬそうだ。下手に帰還させると支部が潰れてしまう」
「あらー……」

 それはとても深刻な事態だ。

「冒険者たち戦力の確保と、ココ村支部の人員強化が叶った時点でようやく任務終了だ。ルシウスはまだ学生だし、進学の問題もある。年内に帰還できぬようなら、仕方ないから我がリースト伯爵家から人員派遣してルシウスと交代だ」
「交代要員、一人や二人じゃ足りない……ですよね?」

 話を聞いている限り、聖剣の魔法剣士ルシウスは一騎当千。

「もしかして、カイル様が本当に派遣されることになってしまうのでしょうか?」

 自分の下腹部を軽く押さえながら、ブリジットは不安になった。

「このタイミングで申し上げるのは申し訳ないのですけども。私、カイル様とのお子を授かりまして」

 夫が帰宅したとき報告しようと思っていたのだが、伝えておいたほうが良さそうだ。

「子? 随分と早いな」

 まだ結婚して一ヶ月だ。

「ええ。午前中に行った定期検診の検査と、診療所での人物鑑定を受けて判明しましたの。間違いなくカイル様のお子ですわ」

 ハネムーンベイビーです、と恥ずかしそうにお嫁さんブリジットが俯く。

「こ、こうしてはおれん! 王宮に報告に行ってくる!」
「え、これからですか?」

 そろそろ夕方、ブリジットの夫カイルも帰宅してくる時刻だ。

「リースト伯爵家の本家筋の赤ん坊が生まれるときは、一族総出で取り組まねばならん。産み月に合わせてカイルも休暇を取らせねば!」

 詳細は帰宅後に、と言い置いてメガエリスは慌てて王宮へと向かって行った。

 舅の乗った馬車を窓から眺めながら、ブリジットはまた下腹部を撫でた。

「強い魔力持ちの子供を出産するときは大変だと聞いてたけど。……無事に生まれてきてほしいわねえ」