食堂で目を回して倒れてしまったルシウス少年に場は騒然となった。
あんな凶悪なお魚さんモンスター相手に大立ち回りできるぐらい強いお子さんが、まさかこんなことで、といろんな意味で周囲は戦慄した。
ハイヒューマン用の鑑定用魔導具があって幸いだった。
とりあえず倒れたルシウスをギルマスのカラドンが食堂向かいの事務室のソファに運び、サブギルマスのシルヴィスが3階のギルドマスターの執務室から魔導具を急いで取ってきた。
鑑定してみたところ、ルシウスは体質的に強い辛味が弱点であることが判明する。
バッドステータス欄に(チリソースによるダメージ)が表示されていた。
詳細を確認してみると、時間経過とともに回復するらしいので大きな問題はなさそうだった。
「こ、怖え。まさか毒でも入ってたのかって焦っちまったあ」
「毒は毒でも、人の毒気ね。ケンさんの毒気と、苦手な辛いチリソースとでダブルパンチだったんでしょうねえ」
魔導具で表示されたルシウスのステータス画面を見て、介抱のため一緒についてきた女魔法使いのハスミンも溜め息をついている。
「あれ? ここどこ?」
「ルシウス君、目が覚めましたか! ここは事務室ですよー。チリソースが辛すぎて倒れちゃったんです」
「ちりそーす……そっかあ」
胃のあたりに小さな手のひらを当てて、感覚を確かめている。
だが。
「おなかいたい……父様や兄さんにおなかぽんぽんってしてほしい……うええ……っ」
ソファの上で丸まってしくしく泣きだしてしまったルシウスに、大人たちは慌てた。
「は、腹痛に効くポーションって何があったっけ!?」
「この場合は毒消しポーションでは!?」
「薬草にも食あたり用のものが売店にあったはず!」
「まあ落ち着きなさいな」
ハスミンは片手でルシウスのおなかをやさしくぽんぽんし、もう片方の手で自分の腰回りに光の円環、環を出して、中のアイテムボックスからティーバッグをひとつ取り出した。
「クレアちゃん、これマグカップに一杯分、食堂で熱湯入れてきてくれる?」
「は、はいっ」
ハスミンからティーバッグを受け取った受付嬢のクレアは、すぐに事務室を飛び出していき、数分ですぐ戻ってきた。
「これ、あたしの師匠が魔力を込めたお茶でね。蓮茶っていうのよ。いい匂いでしょ。飲める?」
まだ胃やお腹の辺りを押さえているルシウスを起こしてやり、マグカップを持たせてやった。
「ぐすっ、ぐすっ。……いいにおい」
「あらあら。そんなに泣いたら、大きなお目々が溶けちゃいそう」
マグカップからは、蓮の花の聖なる芳香が事務室の中いっぱいに広がっている。
「ね、ネオンピンクに光ってるんですけどあのお茶!?」
「……まあハスミンさんの師匠というと、聖女のあの方ですからねえ」
受付嬢のクレアとサブギルマスのシルヴィスが、後ろで何やらヒソヒソ小声で話している。
「いやほんと悪かった、ルシウス。あの料理人は責任持って解雇するから、勘弁してもらえるか」
と申し訳なさそうにギルマスのカラドンが話しかけてきたところで。
「飛竜便でーす。冒険者ギルド・ココ村支部のルシウス・リーストさーん。お届けものですよー」
ルシウスの故郷、アケロニア王国のおうちからの、いつものお手紙と荷物がやってきた。
お茶を何とかふーふー息を吹きかけて冷ましながら一杯飲みきったルシウスは、それからおうちからのお手紙を開けて読んだ。
途中まで読み進めていったところで、大きな湖面の水色の目が更にこぼれんばかりに見開かれた。
手紙から顔を上げて、ふと、体を起こしているソファの横、事務室の棚のバインダーの背表紙が目に入り、ピタッと動作を止めた。
そこには『ココ村支部 雇用者名簿』と書かれている。
食い入るように棚を見つめているルシウスに、サブギルマスのシルヴィスだけが気づいた。
シルヴィスは暗器使いで、隠密スキルの持ち主だ。他人のさりげない仕草に注意が向いて気づきやすい。
当のルシウスはすぐにまた手紙に視線を落として最後まで読み終え、ギルマスに向き直ると、
「……カラドンさん、あの男の解雇はちょっと待って。兄さんから課題が出たから、僕が対処する」
「課題?」
ルシウスは持っていた手紙をぴらっと振ってみせた。
「兄さんのお嫁様が代筆してくれたみたい。『お前もリースト伯爵家の男ならそのような輩の一人や二人、対処できて然るべき』だって」
よし、と気合いを入れてソファから勢いをつけて立ち上がる。
「おなかいたいの治った! ハスミンさん、ありがとー」
「どういたしまして」
にこ、と可愛らしく可憐に笑うハスミンに両手で両頬を包まれて、むにむにっと柔らかな頬を撫で揉まれた。
愛情たっぷりの仕草だ。ルシウスはスキンシップ好きなお子さんなので、親しい人からのこういう触れ合いは大歓迎である。
「お夕飯もがんばります!」
「えっ。大丈夫なんですか、ルシウス君?」
「もう元気になったもん」
少し休んで、ハスミンから貰った魔力入りのお茶で回復したようだ。
「おーい、ギルマスー。行商人がそら豆売りに来たけどどうするー?」
食堂のほうから冒険者の男がやってきて声をかけてきた。
「! そら豆すき、僕が買います!」
「ギルドで買うからツケでって言って、適当に買っておいてくれやー」
夕飯用の食材に追加だ。
不穏な雰囲気ながら、落ち込んで弱っていたルシウスはすっかり元気を取り戻している。
むしろ、おうちからのお手紙を読んで覇気が戻っていた。
何にせよ、夕飯も飯ウマ持ちのルシウスが手がけると知って、冒険者の男もホッとした顔を見せている。
「故郷でもそら豆は旬だろうなあ。父様たちも美味しいの食べてるかな」
あんな凶悪なお魚さんモンスター相手に大立ち回りできるぐらい強いお子さんが、まさかこんなことで、といろんな意味で周囲は戦慄した。
ハイヒューマン用の鑑定用魔導具があって幸いだった。
とりあえず倒れたルシウスをギルマスのカラドンが食堂向かいの事務室のソファに運び、サブギルマスのシルヴィスが3階のギルドマスターの執務室から魔導具を急いで取ってきた。
鑑定してみたところ、ルシウスは体質的に強い辛味が弱点であることが判明する。
バッドステータス欄に(チリソースによるダメージ)が表示されていた。
詳細を確認してみると、時間経過とともに回復するらしいので大きな問題はなさそうだった。
「こ、怖え。まさか毒でも入ってたのかって焦っちまったあ」
「毒は毒でも、人の毒気ね。ケンさんの毒気と、苦手な辛いチリソースとでダブルパンチだったんでしょうねえ」
魔導具で表示されたルシウスのステータス画面を見て、介抱のため一緒についてきた女魔法使いのハスミンも溜め息をついている。
「あれ? ここどこ?」
「ルシウス君、目が覚めましたか! ここは事務室ですよー。チリソースが辛すぎて倒れちゃったんです」
「ちりそーす……そっかあ」
胃のあたりに小さな手のひらを当てて、感覚を確かめている。
だが。
「おなかいたい……父様や兄さんにおなかぽんぽんってしてほしい……うええ……っ」
ソファの上で丸まってしくしく泣きだしてしまったルシウスに、大人たちは慌てた。
「は、腹痛に効くポーションって何があったっけ!?」
「この場合は毒消しポーションでは!?」
「薬草にも食あたり用のものが売店にあったはず!」
「まあ落ち着きなさいな」
ハスミンは片手でルシウスのおなかをやさしくぽんぽんし、もう片方の手で自分の腰回りに光の円環、環を出して、中のアイテムボックスからティーバッグをひとつ取り出した。
「クレアちゃん、これマグカップに一杯分、食堂で熱湯入れてきてくれる?」
「は、はいっ」
ハスミンからティーバッグを受け取った受付嬢のクレアは、すぐに事務室を飛び出していき、数分ですぐ戻ってきた。
「これ、あたしの師匠が魔力を込めたお茶でね。蓮茶っていうのよ。いい匂いでしょ。飲める?」
まだ胃やお腹の辺りを押さえているルシウスを起こしてやり、マグカップを持たせてやった。
「ぐすっ、ぐすっ。……いいにおい」
「あらあら。そんなに泣いたら、大きなお目々が溶けちゃいそう」
マグカップからは、蓮の花の聖なる芳香が事務室の中いっぱいに広がっている。
「ね、ネオンピンクに光ってるんですけどあのお茶!?」
「……まあハスミンさんの師匠というと、聖女のあの方ですからねえ」
受付嬢のクレアとサブギルマスのシルヴィスが、後ろで何やらヒソヒソ小声で話している。
「いやほんと悪かった、ルシウス。あの料理人は責任持って解雇するから、勘弁してもらえるか」
と申し訳なさそうにギルマスのカラドンが話しかけてきたところで。
「飛竜便でーす。冒険者ギルド・ココ村支部のルシウス・リーストさーん。お届けものですよー」
ルシウスの故郷、アケロニア王国のおうちからの、いつものお手紙と荷物がやってきた。
お茶を何とかふーふー息を吹きかけて冷ましながら一杯飲みきったルシウスは、それからおうちからのお手紙を開けて読んだ。
途中まで読み進めていったところで、大きな湖面の水色の目が更にこぼれんばかりに見開かれた。
手紙から顔を上げて、ふと、体を起こしているソファの横、事務室の棚のバインダーの背表紙が目に入り、ピタッと動作を止めた。
そこには『ココ村支部 雇用者名簿』と書かれている。
食い入るように棚を見つめているルシウスに、サブギルマスのシルヴィスだけが気づいた。
シルヴィスは暗器使いで、隠密スキルの持ち主だ。他人のさりげない仕草に注意が向いて気づきやすい。
当のルシウスはすぐにまた手紙に視線を落として最後まで読み終え、ギルマスに向き直ると、
「……カラドンさん、あの男の解雇はちょっと待って。兄さんから課題が出たから、僕が対処する」
「課題?」
ルシウスは持っていた手紙をぴらっと振ってみせた。
「兄さんのお嫁様が代筆してくれたみたい。『お前もリースト伯爵家の男ならそのような輩の一人や二人、対処できて然るべき』だって」
よし、と気合いを入れてソファから勢いをつけて立ち上がる。
「おなかいたいの治った! ハスミンさん、ありがとー」
「どういたしまして」
にこ、と可愛らしく可憐に笑うハスミンに両手で両頬を包まれて、むにむにっと柔らかな頬を撫で揉まれた。
愛情たっぷりの仕草だ。ルシウスはスキンシップ好きなお子さんなので、親しい人からのこういう触れ合いは大歓迎である。
「お夕飯もがんばります!」
「えっ。大丈夫なんですか、ルシウス君?」
「もう元気になったもん」
少し休んで、ハスミンから貰った魔力入りのお茶で回復したようだ。
「おーい、ギルマスー。行商人がそら豆売りに来たけどどうするー?」
食堂のほうから冒険者の男がやってきて声をかけてきた。
「! そら豆すき、僕が買います!」
「ギルドで買うからツケでって言って、適当に買っておいてくれやー」
夕飯用の食材に追加だ。
不穏な雰囲気ながら、落ち込んで弱っていたルシウスはすっかり元気を取り戻している。
むしろ、おうちからのお手紙を読んで覇気が戻っていた。
何にせよ、夕飯も飯ウマ持ちのルシウスが手がけると知って、冒険者の男もホッとした顔を見せている。
「故郷でもそら豆は旬だろうなあ。父様たちも美味しいの食べてるかな」