(ふーん。若く見えるけど三十代後半か。……えっ。こいつ、スキルに調理スキルが見当たらないんだけど!?)

 人物鑑定スキルを発動させたルシウスだったが、見えた飯マズ料理人のステータスに、その湖面の水色の目を瞬かせた。
 あるはずの調理スキルの初級プラスが、ステータスのどこにも見当たらない。

 プラスというのは、仕事として調理スキルを使うための必須オプションだ。一般的には調理師学校に通ったり、先輩調理師に弟子入りするなどして修行を積むことでほぼ自動的に獲得できる。
 たとえ調理スキルが上級や伝説級と言われる特級ランクであったとしても、プラスが付いていなければ調理師(料理人)として店を出したり、雇われたりの仕事はできない。そういう決まりになっている。

(なんで? なんで調理スキル持ってないの? しかもこいつ、鑑定スキルで読み取れるはずの基本ステータス部分にいくつも抜けがある。何なのこいつ!?)



 ルシウスが人知れず動揺していると、後ろからポンと軽く肩に手が乗せられた。
 振り向いて上を見上げると、灰色の髪と瞳の穏やかなおじさん……と言うと怒るお兄さんのサブギルマス、シルヴィスが少し申し訳なさそうに微笑んでルシウスに小さく頷いて見せた。
 後は任せろということらしい。
 さりげなく自分の後ろにルシウスを隠してくれた。

「ケン君。今日はもう君が来れないと聞いて、他にも助っ人を頼んでしまったんだ。わざわざ来てもらったのに悪いけど、シフトはまた来週でお願いできるかい?」
「し、シルヴィスさん。……はい。こちらこそ今日はすいませんでした」

 埒があかないと見てサブギルマスのシルヴィスが出て穏やかに諭すと、臨時料理人はバツが悪そうに小さく頭を下げて帰って行った。
 裏口から出ていくとき、しっかりルシウスを睨みつけていくことは忘れずに。

「……帰ったね。他に助っ人、来るの?」
「嘘も方便です。夕飯もお願いできますか?」
「了解ですー」



 というわけで、ようやくお昼ごはんにありつけたルシウスだったのだが。

「……冷めちゃった」

 ワカメご飯も茹で野菜もベイクドサーモンも、冷めたからといって食えないものではない。
 ただ、ベイクドサーモンにかけていたバターソースだけは、時間経過で冷めたことですっかり固まってしまっていた。

 しょぼーんと覇気を失ったルシウスが、まるでずぶ濡れになった仔犬のように悲しそうな雰囲気で、冷めきったランチプレートをもそもそ口に運んでいる。

「さ、冷めてても美味くね?」
「できたてならもっとおいしかったはず。……食べる前に魔法樹脂に封入しとくんだった。おのれ、あの飯マズ料理人許すまじ!」

 コオオオオオ……と音を立ててルシウスの小さな身体からネオンブルーの魔力が噴き出している。
 ガタガタと食堂の窓が振動して揺れ始める。
 何やらギルドのレンガ造りの建物も軋んでいるような。

「許さないって、どうするの?」

 まだスープマグに注いでいなかった、これだけは保温魔導具に入っていて熱々のコンソメスープをよそってくれたハスミンが訊いてきた。

「それはこれから考える!」
「行き当たりばったりかー」

 残念そうな顔でサーモンを食べているルシウスに、思い出したように髭面ギルマスのカラドンが、壁際の調味料コーナーから小麦粉の皮とソース類を持ってきた。

「ルシウス、これこれ。この皮トルティーヤってんだけど、冷めた料理でもこれに包んでソースかければ結構いけるぞ」
「あ、それ」

 ルシウスもちょっと気になってたやつだ。
 カラドンが見本を見せてくれた。
 トルティーヤなる小麦粉の生地を伸ばした皮は、サイズはルシウスの頭ほどだろうか。そんなに大きくはない。
 広げたトルティーヤに、冷めてしまった茹で野菜やほぐしたベイクドサーモンを乗せて、トマトソースをたらーり垂らしたら、あとはくるくるっと端から巻いていく。
 最後に丸めた端っこを折っておくと、中身がこぼれることもなく安心だ。

「あ。おいしい。食べやすい」
「だろー? トルティーヤはまだまだあるからさ。チリソースもオススメ!」

 二枚目のトルティーヤにも同じように具材をのせていく。その上からカラドンが真っ赤なチリソースをぶちゅーとかけてくれた。

「か、辛ー!!! おいしいけどからい!」
「あっ、お水、お水飲みますかルシウス君!」

 悲鳴を上げたルシウスに、慌てて受付嬢のクレアが水をグラスに入れて持ってきてくれる。

「からああああ! このソースは無理、むりー!」
「ルシウス君、お水、お水飲んで!」

 グラスを受け取り、一気に飲み干す。

「ま、まだからい!」
「お代わりありますよ! 飲んで飲んで!」

 それで口の中のチリソースを何杯もの冷水で流し終えて、ようやく一息ついたと思ったら。



「お、おなかいたい……」

 胃や腹部を押さえて、ルシウスが小さく呻いた。
 きゅう、と切ない悲鳴ともいえない声をあげて、そのまま目を回して倒れてしまった。

「る、ルシウス君ー!???」