今日は急用で来れないからと、朝のうちに連絡が来ていた飯マズ料理人がやってきた。
時刻はもう昼を過ぎている。
どうやら用事が早めに片付いたから、午後から夜までのシフトに入るためやってきたということらしい。
男はルシウスを視界に入れるなり怒鳴りつけてきた。
「何でお前なんかが厨房に入ってるんだよ!」
「料理人がいないから、作れる人たちで適当に手分けしてたんだよ」
ということにしておいたほうが良さそうだ。
ここで、ほとんどルシウス単独でランチメニューを作っていたと言えば、男を余計に刺激してしまいそうな気がした。
それでも男は、その代打の一人としてルシウスが厨房に入ったことに気分を害しているようだ。
「また喧嘩か。ケンにも困ったもんだな」
ギルマスが髭を軽く撫でながら席を立って仲裁しに行こうとしたところを、女魔法使いのハスミンが「しー!」と唇に人差し指を当てて引き留めた。
「待って、ギルマス。少し様子見しなさい」
テーブル席からでも厨房の声は聞こえる。
他の冒険者たちも心配そうな顔をしているが、食事に戻るようハスミンは促した。
「ギルマス。やっぱりこれは本気で考えないといけません。これが冒険者同士の喧嘩だったら私たちも本人の責任だって言って見てるだけですけど……」
デビルズサーモンの肉厚の身にフォークをぶっ刺しながら、受付嬢のクレアが苦言を呈してきた。
そう、例えばこれまでのトラブルだと、ルシウスが作った砂のお城を壊した者や、セクハラを仕掛けた男たちは冒険者だ。
だが、臨時料理人は臨時とはいえギルドで雇用しているスタッフ。
「ルシウス君はこちらが頼んでココ村支部に来てもらってる特殊な派遣員ですしね。どちらが重要かは考えるまでもないわけですが」
ただ、現在のギルド運営規則だと、嫌がらせ程度で即解雇というのは少々理由が弱い。
「あれ、一応注意はしてるんでしょ?」
「まあ、それとなくは」
「就業態度を理由に解雇するには、如何せん勤務日数が少ないから問題発生の回数も少ないわけで」
この調子だと解雇までまだ一ヶ月以上はかかる。
「ああいうタイプのあしらいって、あたしの魔力使いの系列はわりと得意なのよね。でも、あたしじゃなくてルシウス君に来ちゃったもんだから」
「あー、この間町に出たとき、ルシウス君にアドバイスされてましたよね、ハスミンさん」
「そう。てことは、ルシウス君の課題じゃないかなって判定するわけよ」
「課題、ねえ」
一同、これまでの経緯を知る者も、まだ詳しく知らない者も厨房のほうを見やった。
後から来た臨時料理人が一方的にルシウスを怒鳴りつけている。
ギルドのココ村支部に滞在するようになってから、ルシウスはずーっとこの飯マズの臨時料理人から敵視され嫌がらせを受け続けている。
注文した料理を後回しにされたり、やっと出てきた料理がすっかり冷めていたり。
それに、顔を合わせるとこうして突っかかってきて、ウザいことこの上もない。
「調理スキルも持ってないガキが厨房に入ってるんじゃねえよ!」
「……持ってなかったら入るわけないでしょ」
「は?」
男は一瞬だけぽかん、と間の抜けた顔になったが、すぐに我を取り戻して小柄なルシウスを睨みつけた。
「持ってるよ、調理スキル。ランクは中級」
「このクソガキ、言うに事欠いて何て嘘をつきやがる!」
「嘘だと思うなら、鑑定してくれたギルマスたちに確認してごらんよ。冒険者が複数スキル持ちなのは珍しくないでしょ」
(落ち着けー落ち着くんだルシウス・リーストー。こういう奴相手に怒鳴り返したって同レベルに落ちるだけー)
今は離れている最愛の兄との優しい思い出を思い返しながら、相手に悟られぬよう、ゆっくりと呼吸を整えていく。
(ここはアケロニア王国じゃない。相手は一般人だ、迂闊に殴り飛ばしたら頭吹き飛ばしちゃう)
彼はいつもおうちで戯れていた丈夫なパパや、王宮で遊んでくれていた王族の皆さん、それにパパの職場の騎士たちや学友たちのように身体強化の防御術が使えるわけではない。
あくまでも普通の一般人だ。
だからこそ、ルシウスはこの無礼な男の態度にも何とか堪えている。
じっと、ルシウスは怒鳴り続けている臨時料理人の男を見つめた。
(ほんと、なんなのこいつ。いくら何でもおかしすぎない?)
なぜ、ここまで突っかかって来られるのか、理由にまったく思い当たるものがない。
あまりにも態度の酷い男に辟易として、ルシウスはココ村支部に来て実践する中で安定して使えるようになってきた鑑定スキルのうち、人物鑑定を発動させてみた。
人間を鑑定する場合、本来なら相手の許可を取るのが理想とされていたが、この男と相対していると、どうも身の危険を感じる。
ルシウスの本能にビンビン反応する何かがあった。
(人物鑑定スキル、発動。冒険者ギルド、ココ村支部の食堂の臨時料理人ケンを鑑定)
そしてルシウスの鑑定眼に見えたものとは。
時刻はもう昼を過ぎている。
どうやら用事が早めに片付いたから、午後から夜までのシフトに入るためやってきたということらしい。
男はルシウスを視界に入れるなり怒鳴りつけてきた。
「何でお前なんかが厨房に入ってるんだよ!」
「料理人がいないから、作れる人たちで適当に手分けしてたんだよ」
ということにしておいたほうが良さそうだ。
ここで、ほとんどルシウス単独でランチメニューを作っていたと言えば、男を余計に刺激してしまいそうな気がした。
それでも男は、その代打の一人としてルシウスが厨房に入ったことに気分を害しているようだ。
「また喧嘩か。ケンにも困ったもんだな」
ギルマスが髭を軽く撫でながら席を立って仲裁しに行こうとしたところを、女魔法使いのハスミンが「しー!」と唇に人差し指を当てて引き留めた。
「待って、ギルマス。少し様子見しなさい」
テーブル席からでも厨房の声は聞こえる。
他の冒険者たちも心配そうな顔をしているが、食事に戻るようハスミンは促した。
「ギルマス。やっぱりこれは本気で考えないといけません。これが冒険者同士の喧嘩だったら私たちも本人の責任だって言って見てるだけですけど……」
デビルズサーモンの肉厚の身にフォークをぶっ刺しながら、受付嬢のクレアが苦言を呈してきた。
そう、例えばこれまでのトラブルだと、ルシウスが作った砂のお城を壊した者や、セクハラを仕掛けた男たちは冒険者だ。
だが、臨時料理人は臨時とはいえギルドで雇用しているスタッフ。
「ルシウス君はこちらが頼んでココ村支部に来てもらってる特殊な派遣員ですしね。どちらが重要かは考えるまでもないわけですが」
ただ、現在のギルド運営規則だと、嫌がらせ程度で即解雇というのは少々理由が弱い。
「あれ、一応注意はしてるんでしょ?」
「まあ、それとなくは」
「就業態度を理由に解雇するには、如何せん勤務日数が少ないから問題発生の回数も少ないわけで」
この調子だと解雇までまだ一ヶ月以上はかかる。
「ああいうタイプのあしらいって、あたしの魔力使いの系列はわりと得意なのよね。でも、あたしじゃなくてルシウス君に来ちゃったもんだから」
「あー、この間町に出たとき、ルシウス君にアドバイスされてましたよね、ハスミンさん」
「そう。てことは、ルシウス君の課題じゃないかなって判定するわけよ」
「課題、ねえ」
一同、これまでの経緯を知る者も、まだ詳しく知らない者も厨房のほうを見やった。
後から来た臨時料理人が一方的にルシウスを怒鳴りつけている。
ギルドのココ村支部に滞在するようになってから、ルシウスはずーっとこの飯マズの臨時料理人から敵視され嫌がらせを受け続けている。
注文した料理を後回しにされたり、やっと出てきた料理がすっかり冷めていたり。
それに、顔を合わせるとこうして突っかかってきて、ウザいことこの上もない。
「調理スキルも持ってないガキが厨房に入ってるんじゃねえよ!」
「……持ってなかったら入るわけないでしょ」
「は?」
男は一瞬だけぽかん、と間の抜けた顔になったが、すぐに我を取り戻して小柄なルシウスを睨みつけた。
「持ってるよ、調理スキル。ランクは中級」
「このクソガキ、言うに事欠いて何て嘘をつきやがる!」
「嘘だと思うなら、鑑定してくれたギルマスたちに確認してごらんよ。冒険者が複数スキル持ちなのは珍しくないでしょ」
(落ち着けー落ち着くんだルシウス・リーストー。こういう奴相手に怒鳴り返したって同レベルに落ちるだけー)
今は離れている最愛の兄との優しい思い出を思い返しながら、相手に悟られぬよう、ゆっくりと呼吸を整えていく。
(ここはアケロニア王国じゃない。相手は一般人だ、迂闊に殴り飛ばしたら頭吹き飛ばしちゃう)
彼はいつもおうちで戯れていた丈夫なパパや、王宮で遊んでくれていた王族の皆さん、それにパパの職場の騎士たちや学友たちのように身体強化の防御術が使えるわけではない。
あくまでも普通の一般人だ。
だからこそ、ルシウスはこの無礼な男の態度にも何とか堪えている。
じっと、ルシウスは怒鳴り続けている臨時料理人の男を見つめた。
(ほんと、なんなのこいつ。いくら何でもおかしすぎない?)
なぜ、ここまで突っかかって来られるのか、理由にまったく思い当たるものがない。
あまりにも態度の酷い男に辟易として、ルシウスはココ村支部に来て実践する中で安定して使えるようになってきた鑑定スキルのうち、人物鑑定を発動させてみた。
人間を鑑定する場合、本来なら相手の許可を取るのが理想とされていたが、この男と相対していると、どうも身の危険を感じる。
ルシウスの本能にビンビン反応する何かがあった。
(人物鑑定スキル、発動。冒険者ギルド、ココ村支部の食堂の臨時料理人ケンを鑑定)
そしてルシウスの鑑定眼に見えたものとは。