例の飯マズ臨時料理人の男が来られなくなり、料理人のオヤジさんにも連絡がつかない。
 緊急事態だった。

「お、俺たちの飯が!」

 銅貨ワンコイン(約百円)の市販のパンや菓子類も育ち盛りの若い冒険者たちが食い尽くしてしまった。
 このままでは明日の朝、いつもの料理人のオヤジさんが来るまで何も食べられない!

 と食堂内のパン類を全部腹に収めてしまった後で、まだ新参者でココ村支部のルールがよくわかっていない十代後半の冒険者グループの者たち、特にリーダーの剣士が青ざめていたところ。

「大丈夫よう。ルシウス君が簡単なもの作れるって」

 いつも食堂で物憂げな雰囲気でお茶を飲んでいる、可憐な女魔法使いのハスミンがフォローを入れてくれた。

「え、ルシウスってあのちまっこい奴ですか!?」
「ええ。彼、ああ見えてスキルたくさん持ってるBランクの魔法剣士なのよ。ちょうど調理スキルも持ってたから今日だけ料理を作ってくれるよう頼んだの」

 言って、ハスミンもひらひら手を振りながらギルマスたちと一緒に厨房へ入っていった。
 彼らの中に、青銀の髪の背丈の小さな子供が混ざっている。彼が噂のルシウスだ。

「あの子、魔法剣士だったんスか!?」

 食堂で給仕やってるから、てっきりギルドの下働きかと思っていた。
 少なくとも、彼らのグループがここココ村支部にやってきたこの数日は、タイミングが悪くてまだ戦っているところを見ていなかった。

「舐めてかかると痛い目見るぜ〜」

 不定期にココ村支部を訪れているという古株の冒険者たちがニヤニヤ笑っている。
 ルシウスに下手なちょっかいを出した冒険者たちが、本人の手でお仕置きされている様子を見てきた者たちだ。
 堂々と正攻法で報復するルシウスは、傍から見ていて、なかなか小気味よくスカッとした気分にさせられる。
 それでいて強いのだから驚かされる。
 面白いからと、常駐はしなくても町の方にあるダンジョンだけでなく、海岸のここココ村支部まで足を伸ばしてくる冒険者たちが少しずつ増えていた。


「魚だー! 魚が来たぞー!」


「おっと。来たか。お前さんたち、頭下げるのはもういいから、代わりに飯の材料の調達頼むぜ!」
「も、もちろんっス!」

 潮干狩りでアサリでも獲ってくればいいですか!



 冒険者たちが砂浜に出ると、手短かにギルマスのカラドンが大剣を肩に担ぎながら、作戦指示をしてくる。
 今回のお魚さんモンスターは主にデビルズサーモン、黒い鱗を持った鮭の魔物だ。サイズは人間の男の大人より大きい個体が多い。

「心臓にトドメを刺せば魔石になる。今回は昼飯用に一匹は確保だ! 心臓以外のとこ攻撃な!」

 デビルズサーモンは全部で大小17体。
 しかもすべて、人間の二の脚が生えていて機動力がある。

 ギルマスのカラドンやベテランの冒険者たちが一匹ずつ確実に仕留めては魔石を回収していく。
 若手の冒険者たちも討伐に参加していくが、表情のないお魚さんモンスターはダンジョンモンスターとは勝手が違う。
 苦戦しているうちに別の場所から他のデビルズサーモンが寄って来ようとしていた。

「こわ! お魚さんモンスター怖すぎる!」


 キシャアアアアアア!


 と咆哮するデビルズサーモンのギザギザに尖った歯が冒険者の肩に囓りつこうとしたその瞬間。

「よっしゃ、ここだ!」

 口の中に剣をぶっ刺そうとしたとき。

「あー! ダメー! それ最後の一匹ー!!!」

 まだ変声期前の少年の大声がしたと思ったら。
 ビュン、と風が鳴り、冒険者たちの間をネオンブルーに輝く閃光が通り過ぎていった。
 と思ったら、戦っていたデビルズサーモンの頭が落ちていた。

「よーし、お昼のメインゲットー!」

 両刃の光り輝く剣を持って、青銀の髪の小柄な少年がガッツポーズを取って跳ねている。

 少年ルシウスはすぐに頭を落とした自分よりはるかに大きなデビルズサーモンをよいしょと抱え上げると、そのままたたたたたっと冒険者ギルドの赤レンガの建物へ走っていった。

 途中、まだ魔石を回収していたギルマスたちに、

「お昼は一時間後でお願いしまーす!」

 と声だけかけて。

「ほ、ほんとに魔法剣士だった……」
「あんなちみっ子なのに。すげえ。デビルズサーモン、一閃で倒しやがった」
「可愛いくて強いって。最強か」

 こうして本人の知らぬところでファンが増えていくのであった。