「そういえばハスミンさん、何か用事があったのでは?」

 ひとしきりルシウスのスキル確認で盛り上がり、受付嬢のクレアが鑑定用魔導具で読み取った情報を記録し終えた頃。
 思い出したように、サブギルマスのシルヴィスが女魔法使いのハスミンに声をかけた。

「あ、そうそう。来月のシフト表持ってきたのよ。それと下で食堂に連絡があってね、料理人のケンさん、急用ができて今日来れなくなったらしいの」

 例の飯マズ料理人のことだ。

「当日の連絡かよ。……ったく、なら予備のパンを出しておかねえと」
「それがねえ。若い子たちが朝食で全部食べちゃったのよ。足りないからってお菓子もぜーんぶ予備までほじくり返して。お昼と夕飯分どうしたらいいか相談に来たの」
「なにっ!?」

 まだ時刻は午前10時前。今なら、内陸のほうの町に出れば、商店街で食べ物を調達するのに間に合うが。

「厨房に食材はあるはずなので、それで何とか……」

 とシルヴィスがちら、と見た方向を一同もつられて見た。
 バッチリ調理スキル持ちであることが判明した、ハイヒューマンのお子様を。
 なお、ルシウスは注目を浴びるのは嫌いではない。

「この流れは逆らえないやつ……」
「そうか! 引き受けてくれるか、ルシウス!」
「もう! わかってて言ってるくせに! でも僕、まだ身体が小さいから厨房でそんなに動けないよ。オヤジさんみたいにたくさんの種類は作れないと思うけど」

 と言われて、一同はたと気づく。
 そうだ、このお子様は十四歳だが身の丈はせいぜい10歳ほど。
 魔法剣士として身体強化が使えるから、業務用の大鍋や大きなフライパンを持ったり振ったりは問題ないだろうが、調理台の前に立つには何か台が必要そうだ。



「まあとりあえず食堂に行ってみよ」

 とギルマスたちと一緒に一階へ降りることに。
 食堂に入って壁際スペースを覗くと、確かにハスミンの言っていたように、個別販売のパンや菓子などが見事に空だ。
 棚の下部にあった予備の袋詰めされたパンなどが入っていた木箱も空。

「ギルマス、すいません……。何かとんでもないことしちまったみたいで」

 まだ十代後半ぐらいの冒険者グループの面々が申し訳なさそうな顔になっている。

「うん、まあ気にすんな。料理人の手配が間に合わねえのはギルド側の不手際だからよ」
「ほんとすんません!」

 ホッとした顔になる青少年たちを通り過ぎて厨房へ。
 厨房は料理人のオヤジさんの城だ。いつも飯ウマなごはんを作ってくれる彼の気質が表れているのだろう。全体的によく整頓されていて清潔だ。
 食堂側のカウンター側に、作業台を挟んで右側に水場のシンク、左側に魔石を使ったコンロが大小合わせて五口。

 米の炊飯用の魔導具もある。
 ココ村支部は利用者が少ないが、それでも大量に炊けるよう二台あるのはさすが冒険者ギルドの食堂というべきか。

 寸胴は魔導具の保温ポットに収められている。
 中を覗くとタマネギなど香味野菜を煮込んだコンソメスープが入っていた。前日からオヤジさんが仕込んでくれていたものだろう。

「スープはありますね」
「他の材料はどこだろ?」

 受付嬢のクレアと一緒に厨房探検だ。
 壁側に大型の魔導具の冷蔵庫がある。大半の食材はそこに詰まっていた。
 隣には棚や木箱があり、常温保存可能な食材が入っている。

「お米たくさんあるねー」
「ならピラフとかはどう? 具沢山にすればこれとスープだけでも十分じゃないかしら」
「レシピ知ってる人いる?」

 ルシウスはまず一番近くにいた受付嬢のクレアを見た。ふるふると首を振って否定された。

 次にハスミンを見た。
「食べるのは好きだけどレシピまでは知らないわ」と苦笑が返ってきた。

 ギルマスとサブギルマスは何か訊ねる前に、二人して身体の前で大きなバッテンを作った。料理できない系男子だ!
 そもそもこの二人が料理できるなら、一冒険者に過ぎないはずのルシウスが食堂まで連れてこられることもなかった。

「調理スキルがあれば何でも作れるんじゃないの?」
「確か、上級ランクになると、食べただけ、聞いただけのメニューでも作れるようになるはずです」

 実際、調理スキルの上級ランクプラス持ちの料理人のオヤジさんは、利用者のリクエストに気軽に応えてくれていた。



「あ、ワカメだ」

 濃い緑色の海藻が塩蔵されたものが、冷蔵庫に入っていた。
 塩抜きして、タコなどと合わせた酢の物はよくオヤジさんが小鉢で作ってくれるものだ。

「ワカメごはん食べたい。僕、あれ好き」

 ちょっとだけ塩抜きした塩蔵ワカメをみじん切りにして、炊き立てご飯に混ぜ込むだけで良かったはず。
 たまにオヤジさんがおにぎりにして、おやつに食べさせてくれるやつだ。

 見ると、ギルマスたちがぐっと親指を立てて賛成してくれていた。

「ワカメごはんとスープ。あと一品欲しいわね」
「うーん……」

 悩む。ルシウスとて、おうちにいたとき、それほど頻繁に調理していたわけではない。
 ご家庭の主婦や料理好きのように、その場にある食材からありあわせがすぐ浮かぶものでもなかった。



「魚だー! 魚が来たぞー!」

 ハッと一同、我に帰る。
 厨房から食堂に出て窓の外を見ると、沖のほうから黒い魚体が十数体、岸に向かって泳いできているのが見えた。

「デビルズサーモン! お昼のメインはあれにしよう!」

 それだ! と頷き、砂浜へ駆けて行こうとしてルシウスは気づいた。

「ご飯だけ炊いておかなきゃ! 先行ってて!」

 炊飯用の魔導具があって良かった!