食堂で朝食用のパンを食べ終えた頃、受付嬢のクレアがルシウスを呼びにやってきた。
「あ、いたいた、ルシウス君ー。次の冒険者ランクのランクアップの前にスキル検査するから来てくれる?」
「スキル検査?」
飲みかけのお茶をくいっと飲み干してクレアについて行く。
検査とやらは受付ではなく、連れて行かれたのは三階のギルドマスターの執務室だった。
先に食堂から戻っていたギルマスのカラドンと、サブギルマスのシルヴィスが出迎えてくれた。
ギルマスの机の上には、何やら多角形の大人の拳大の、中に魔石の入った透明な石らしきものが台座の上に置かれている。
「冒険者ギルドの本部に掛け合って、ハイヒューマン用の鑑定用の魔導具を借り受けたんです。これで君のバグってるステータスも確認できるはず」
「そんなものがあるの? すごいね!」
ルシウスのステータスがバグっているのは子供の頃、もっというなら赤ん坊のとき今のリースト伯爵家で、魔法樹脂の中から封印を解いて飛び出してきたときからのものだ。
自分で「ステータスオープン」と言って見れば普通に読むことはできるのだが、自分以外の者にステータス画面を見せても名前など基本的なこと以外はほとんど読み取れない状態である。
父親のメガエリスからは、バグっている部分を他人に教えないようにと言われていた。
下手なことを言うと論議の的になってしまうからと。
ちなみにルシウスのバグは、人物鑑定スキルの特級ランクの持ち主ならば読み取りが可能だった。
ルシウスのお兄ちゃんの学生時代の恩師がエルフ族の末裔でこの特級ランク持ち。現状、アケロニア王国の国内で唯一の人物だった。
以前、一度だけその特級ランク持ちから鑑定を受けて、鑑定結果は現在、父親のメガエリスと王家の王族たちだけが把握している。
「僕がハイヒューマンだってこと、別に隠してはないけど、大っぴらに広まるのも困るんだけど」
ルシウスの懸念はその一点のみ。
ルシウス自身は困ると思っていないのだが、本国の家族、パパやお兄ちゃん、それに仲の良い王族の皆さんに迷惑がかかることだけは避けたい。
だが、サブギルマスのシルヴィスが、そこは大丈夫だと請け負ってくれた。
「それは安心してください。鑑定結果は冒険者ギルド側で情報管理を徹底しますから漏洩の可能性は低いですよ」
「そう?」
「ええ。ただ、君が今後も冒険者活動を続けるなら、君の情報は冒険者ギルドの全支部で共有させてもらいます。ハイヒューマンが普通の人間と違うことはわかっているでしょう?」
「それは、まあ……うん」
身体能力から魔力から思考回路から、何から何まで常人とは異なる。
「冒険者ギルドの本部が、永遠の国にあることは知ってますか? 永遠の国はハイヒューマンの支配する国です。同じハイヒューマンの君を害することはありません。むしろ積極的に支援しますよ」
「そこまで言うなら」
頷いて、ルシウスは机の上の多角形の魔石型魔導具に手を翳した。
そして空中に表示されたルシウスのステータス詳細に、一同は呆気に取られることになる。
人物鑑定で用いられている、最も一般的なステータス・テンプレートは、下記項目が基本になる。
名前、所属(出自)、称号
体力、魔力、知力、人間性、人間関係、幸運
これらに加えて、国や地域、また人物鑑定スキルの持ち主による独自の工夫によって、読み取れる情報や詳細、またスキル名称などは多少異なってくる。
ハイヒューマン鑑定
名前 アスラ=ルシウス(ルシウス・リースト)
年齢 9977歳(肉体年齢十四歳)
所属(出自)
ハイヒューマン・魔人族 魔王の息子
アケロニア王国リースト伯爵家・リースト伯爵メガエリス次男(養子)
称号 魔法剣士(聖剣)
体力 10
魔力 10
知力 5
人間性 7
人間関係 5
幸運 4
「こいつは……」
「想像を超えますね……」
「ま、魔王の息子……」
ギルマスのカラドンを始めとしたギルドの面々は絶句している。
なお、各ステータスの数値は10段階評価で、どの項目も平均は5である。
「……ほんとの名前、久し振りに見たなあ」
魔導具が表示した名前の欄を見て、ルシウスはぽつりと呟いた。
「この“アスラ”というのが、本当の名前なんですね」
「そう。産みの親が付けてくれた名前。今の“ルシウス”は父様が新しく名付けてくれた名前」
どちらも正式な名前だから、魔導具はアスラとルシウスを=で繋げて表記したようだ。
実際にはアスラがファーストネーム、ルシウスがミドルネームといったところだろう。
「魔王っておとぎ話の中だけの存在かと思ってました」
「それ、うちの王女様にも言われた。よく誤解されるけど、魔力の多い人型の種族だから“魔人”族で、その中の代表者を魔王って呼んだだけなんだよ。別に悪の支配者とかそういう意味じゃないからね?」
受付嬢クレアのコメントに、そこはしっかり釘を刺しておくルシウスだ。
「魔人族は今では聞かない種族名ですね」
「千年ぐらい前かな。勇者と戦って意気投合した後、相手の一族と一緒に今のアケロニア王国に移住してきたんだよ。まあ元々、親戚がアケロニア王国にいたっていうのもあるんだけど」
ルシウスが言うには、ハイヒューマンの一種族だった魔人族も、今では一般の人間との混血が進んでいて、当時ほどの力はないとのこと。
それでも、ハイヒューマンの血はそれなりに強烈だ。
千年後の現在でもリースト伯爵家の血を受け継いだ者は青銀の髪と、湖面の水色と呼ばれるかすかに緑がかった薄い水色の瞳、白い肌や麗しく整った容貌が受け継がれている。
一族は皆、一部の例外を除けば、一発でリースト伯爵家の者だとわかるぐらい、よく似た外見をしていることでも知られていた。
また、魔力使いとしても高い魔力と知性を誇るらしい。
「魔力値は確かに高えけど、知性5じゃん、ルシウス」
空中に表示されたステータスの知性の項目のところを、ギルマスのカラドンが太い指先で突っついた。
「お前、勉強嫌いだもんな。でも平均値の5はあるんだ。良かったじゃん」
「むう。生まれ持った魔力値以外はほとんど可変でしょ、これからお勉強だって頑張るもん!」
まだまだ子供のルシウスだ。これから各数値とも上がる余地は十分にある。
「さて、それでは次はスキル鑑定をしましょう」
とシルヴィスが魔導具を引き続き操作しようとしたとき。
「カラドンくーん。あたしの来月のシフト表持ってきたわー。あと下でちょっと問題がー」
支部常駐型の冒険者用のシフト表を持って、女魔法使いのハスミンがやってきた。