「ルシウス、活躍してるみてえだな。報告書見せてもらったけど、そろそろ冒険者ランクAだって」
「……そうですか」
「一度ぐらい様子見に行けば?」
「気乗りしません。あいつがいないと気が楽でいいし」
ありがたくコーヒーを頂戴して、ミルクと砂糖を入れて口に運ぶ。
ほわっと、麗しの顔が綻んでいる。
一見クールな美形だが、カイルは案外甘いものが好きだ。コーヒーも紅茶も必ず砂糖を入れるし、菓子もあれば食べている。
「何だよ、可愛い弟君がいなくて寂しくねえの?」
「可愛いとは思いますけど、始終まとわりつかれたら鬱陶しいもんですよ。……今も遠くにいるのにあいつの声が聞こえてくるようで」
「兄さん、兄さん、だろ? 仔犬がじゃれついてるようなもんじゃん」
「仔犬、ねえ……」
カイルは解析途中のお魚さんモンスターの、人間の脚だったヒレ数枚を手に取った。
「オレにとったら、獰猛な狼とかフェンリルみたいなもんですよ。油断したら喉笛を噛みちぎられそうでね」
「お前ら、いつの間にかギスギスしちゃったよなあ」
自分の分のコーヒーのカップを持ちながら、カイムが苦笑いしている。
元々、リースト伯爵家の弟ルシウスと兄カイルはとても仲の良い兄弟だった。
だが、兄カイルが学園の高等部に進学する寸前、弟ルシウスなどまだ8歳の小等部のとき、地震災害で当時暮らしていた王都の屋敷が半壊してしまったことがあった。
その時、兄弟は通っていた学園に近い騎士団の寮に避難して、しばらく一部屋で暮らしていたのだが。
仲の良い兄弟を揶揄して馬鹿にする男が、彼らの母方の叔父にいた。
カイムたちも後に知ったことだが、ルシウスをメガエリスの不義の子だと誤解して、意図的に悪意を持って兄弟間に不和の種を撒いていた男だったらしい。
弟ルシウスは、自分が気に入らない相手の言葉など聞く耳を持っていないから無問題だった。
問題だったのは、「兄なのに弟に負けるとは」などと揶揄されてヘコまされたカイルのほうだ。
そもそもリースト伯爵家は天才や秀才を輩出しやすい血筋で、カイルとて近年稀に見る天才魔法剣士だったのだが、如何せん弟ルシウスの才能が異次元すぎた。
そこからだ。ルシウスと兄カイルとの関係が噛み合わなくなってきたのは。
それまでは弟ルシウスが才能を発揮するたびに一緒になって喜んでいた兄カイルから、表情が次第に抜けていった。
いつも一緒に遊んでいたのに、学園での勉強や交友で忙しいからと、それとなくルシウスを邪険にするようになった。
兄を慕う弟のほうは気づかず、相変わらず兄カイルの近くにいて『好き好き』と全身で表しているのが救いだ。
カイムやグレイシア王女は、リースト伯爵家の兄弟とは子供の頃から面識を持つ友人でもある。
親が王族と騎士団の団長だった繋がりによるものだ。
そんな彼らだったから、カイルが叔父に良くないことを吹き込まれていることを看破して、叔父から離れるよう何度も促したものだった。
もちろん、弟のルシウスも同じように「あの叔父に近づかないで」と懇願していた。
だがカイルは、それらの忠告をほとんど聞き入れなかった。
だから最近、結婚して妻となったブリジット夫人が怖がったからと言って件の叔父を退けたと聞いて、カイムもグレイシア王女もとても驚いたのだ。
(一度入っちまった亀裂を修復するのは大変なんだよなあ……)
カイルの弟ルシウスは特殊な出自の子供だ。
今のリースト伯爵家の一族がアケロニア王国に移住してくる前に、彼らの一族の秘術“魔法樹脂”に封印されていた人類の古代種、ハイヒューマンと聞いている。
リースト伯爵家は、今では普及版の魔術としてよく使われる“魔法樹脂”の本家でもある。魔力で創り出す透明な樹脂の中に封入されたものは時の流れを止める。また、魔法樹脂には様々な機能を持たせることができる。
ルシウスは、全身の魔力を抑制する機能付与を施された魔法樹脂に封印されて、少なくとも千年以上前から今のリースト伯爵家に代々伝えられてきた。
今のリースト伯爵メガエリスや、その息子カイルとほとんど同じ麗しい青銀の髪と湖面の水色の瞳持ちの容貌であることから、彼らの先祖筋にあたる存在と言われている。
今、円環大陸で純正のハイヒューマンを見かけることはほとんどない。
大半は、大陸の中央にある謎の神秘の国、“永遠の国”と呼ばれる周囲を湖で閉ざされ行き来のできない国に集まっているとされるが、実態が定かでない。
種族の上位種はいくつかあって、例えば白い肌と髪、ネオングリーンの瞳、長く尖る耳を持つエルフ族などもその一種だ。
カイムたちの学園の恩師である学園長などは、エルフの血を引くハーフエルフで、数百年生きていることが知られていた。
だが、国内で確認されているのはそのくらい。
(ハイヒューマンで聖剣持ちなんて、同じ土俵で比べるものじゃねえじゃん。自分だって傍から見たら充分に天才だっての)
何十本もの魔法剣を創り出して戦うカイルには、剣豪の家柄であるカイムも敵わなかった。
「カイム先輩、それでご用件は?」
「あ、そうそう。ルシウス宛に、『お魚さん美味かったぜ』って、王宮と騎士団一同からの手紙を預かってきたんだ。お前の手紙と一緒に送ってくれる?」
実はこの男、カイルは弟ルシウスにまだ一度も手紙を書いてない。
さすがに心配したグレイシア王女から何とかしろと指示されて、こうして他人からの手紙を持ってきたわけなのだが。
手紙の束を受け取るカイルの態度がそっけない。
「もう行きの飛竜便を送ってしまった後なので、後日送るよう手配しておきます」
「……お前もちゃんと書いてやれよ? 弟、絶対お前からの手紙待ってるぞ?」
「まあ、気が向いたら」
ああ、これは絶対書かないなとわかる態度だった。
周囲が思っているより、兄弟仲の断層は深刻なのかもしれなかった。
「……そうですか」
「一度ぐらい様子見に行けば?」
「気乗りしません。あいつがいないと気が楽でいいし」
ありがたくコーヒーを頂戴して、ミルクと砂糖を入れて口に運ぶ。
ほわっと、麗しの顔が綻んでいる。
一見クールな美形だが、カイルは案外甘いものが好きだ。コーヒーも紅茶も必ず砂糖を入れるし、菓子もあれば食べている。
「何だよ、可愛い弟君がいなくて寂しくねえの?」
「可愛いとは思いますけど、始終まとわりつかれたら鬱陶しいもんですよ。……今も遠くにいるのにあいつの声が聞こえてくるようで」
「兄さん、兄さん、だろ? 仔犬がじゃれついてるようなもんじゃん」
「仔犬、ねえ……」
カイルは解析途中のお魚さんモンスターの、人間の脚だったヒレ数枚を手に取った。
「オレにとったら、獰猛な狼とかフェンリルみたいなもんですよ。油断したら喉笛を噛みちぎられそうでね」
「お前ら、いつの間にかギスギスしちゃったよなあ」
自分の分のコーヒーのカップを持ちながら、カイムが苦笑いしている。
元々、リースト伯爵家の弟ルシウスと兄カイルはとても仲の良い兄弟だった。
だが、兄カイルが学園の高等部に進学する寸前、弟ルシウスなどまだ8歳の小等部のとき、地震災害で当時暮らしていた王都の屋敷が半壊してしまったことがあった。
その時、兄弟は通っていた学園に近い騎士団の寮に避難して、しばらく一部屋で暮らしていたのだが。
仲の良い兄弟を揶揄して馬鹿にする男が、彼らの母方の叔父にいた。
カイムたちも後に知ったことだが、ルシウスをメガエリスの不義の子だと誤解して、意図的に悪意を持って兄弟間に不和の種を撒いていた男だったらしい。
弟ルシウスは、自分が気に入らない相手の言葉など聞く耳を持っていないから無問題だった。
問題だったのは、「兄なのに弟に負けるとは」などと揶揄されてヘコまされたカイルのほうだ。
そもそもリースト伯爵家は天才や秀才を輩出しやすい血筋で、カイルとて近年稀に見る天才魔法剣士だったのだが、如何せん弟ルシウスの才能が異次元すぎた。
そこからだ。ルシウスと兄カイルとの関係が噛み合わなくなってきたのは。
それまでは弟ルシウスが才能を発揮するたびに一緒になって喜んでいた兄カイルから、表情が次第に抜けていった。
いつも一緒に遊んでいたのに、学園での勉強や交友で忙しいからと、それとなくルシウスを邪険にするようになった。
兄を慕う弟のほうは気づかず、相変わらず兄カイルの近くにいて『好き好き』と全身で表しているのが救いだ。
カイムやグレイシア王女は、リースト伯爵家の兄弟とは子供の頃から面識を持つ友人でもある。
親が王族と騎士団の団長だった繋がりによるものだ。
そんな彼らだったから、カイルが叔父に良くないことを吹き込まれていることを看破して、叔父から離れるよう何度も促したものだった。
もちろん、弟のルシウスも同じように「あの叔父に近づかないで」と懇願していた。
だがカイルは、それらの忠告をほとんど聞き入れなかった。
だから最近、結婚して妻となったブリジット夫人が怖がったからと言って件の叔父を退けたと聞いて、カイムもグレイシア王女もとても驚いたのだ。
(一度入っちまった亀裂を修復するのは大変なんだよなあ……)
カイルの弟ルシウスは特殊な出自の子供だ。
今のリースト伯爵家の一族がアケロニア王国に移住してくる前に、彼らの一族の秘術“魔法樹脂”に封印されていた人類の古代種、ハイヒューマンと聞いている。
リースト伯爵家は、今では普及版の魔術としてよく使われる“魔法樹脂”の本家でもある。魔力で創り出す透明な樹脂の中に封入されたものは時の流れを止める。また、魔法樹脂には様々な機能を持たせることができる。
ルシウスは、全身の魔力を抑制する機能付与を施された魔法樹脂に封印されて、少なくとも千年以上前から今のリースト伯爵家に代々伝えられてきた。
今のリースト伯爵メガエリスや、その息子カイルとほとんど同じ麗しい青銀の髪と湖面の水色の瞳持ちの容貌であることから、彼らの先祖筋にあたる存在と言われている。
今、円環大陸で純正のハイヒューマンを見かけることはほとんどない。
大半は、大陸の中央にある謎の神秘の国、“永遠の国”と呼ばれる周囲を湖で閉ざされ行き来のできない国に集まっているとされるが、実態が定かでない。
種族の上位種はいくつかあって、例えば白い肌と髪、ネオングリーンの瞳、長く尖る耳を持つエルフ族などもその一種だ。
カイムたちの学園の恩師である学園長などは、エルフの血を引くハーフエルフで、数百年生きていることが知られていた。
だが、国内で確認されているのはそのくらい。
(ハイヒューマンで聖剣持ちなんて、同じ土俵で比べるものじゃねえじゃん。自分だって傍から見たら充分に天才だっての)
何十本もの魔法剣を創り出して戦うカイルには、剣豪の家柄であるカイムも敵わなかった。
「カイム先輩、それでご用件は?」
「あ、そうそう。ルシウス宛に、『お魚さん美味かったぜ』って、王宮と騎士団一同からの手紙を預かってきたんだ。お前の手紙と一緒に送ってくれる?」
実はこの男、カイルは弟ルシウスにまだ一度も手紙を書いてない。
さすがに心配したグレイシア王女から何とかしろと指示されて、こうして他人からの手紙を持ってきたわけなのだが。
手紙の束を受け取るカイルの態度がそっけない。
「もう行きの飛竜便を送ってしまった後なので、後日送るよう手配しておきます」
「……お前もちゃんと書いてやれよ? 弟、絶対お前からの手紙待ってるぞ?」
「まあ、気が向いたら」
ああ、これは絶対書かないなとわかる態度だった。
周囲が思っているより、兄弟仲の断層は深刻なのかもしれなかった。