「元々のヒレや鱗の一部が人間の脚の形に変化させられてるのか……。分類は魔法か。だが脚を切断した後の魚類モンスターに魔法の痕跡はない……うーん……」

 アケロニア王国、魔導騎士団の研究室で唸っているのは、ルシウスと同じ青銀の髪に湖面の水色の瞳のお兄ちゃん、リースト伯爵令息カイルだ。
 もっとも、彼の場合はルシウスや父親と違って、その湖面の水色の虹彩には花弁のような銀色の花が咲いている。創り出せる魔法剣の数が多いと、リースト伯爵家の一族の者の瞳にはこのような模様が出る。
 現在、一族で最多の魔法剣を創り出せるのがカイルである。

 上司のグレイシア王女様から、弟ルシウスが送りつけてきたお魚さんモンスターに脚が生えている原因を究明しろと命令されたはいいものの、手詰まりだった。

「よ、解析進んでる?」
「カイム先輩」

 マグカップに入ったコーヒーが机の上にとん、と置かれる。
 振り向くと、学生時代の先輩で、今は別の騎士団員のホーライル侯爵カイムがいる。
 彼はカイルの弟ルシウスを、ゼクセリア共和国ココ村の冒険者ギルドへ護送した騎士でもある。
 学生時代から変わらない赤茶の無造作ヘアに精悍な顔立ちながら、親しみやすい雰囲気の青年だ。
 ちなみに既婚者だ。既に娘がひとりいて、嫁には尻に敷かれている。性格的には三枚目を地でいくところがあった。

「こんなとこで油売ってていいんですか、先輩」
「結局、タイアド王国との戦争回避で気が抜けちまってて。気晴らししてるとこ。なあ、そろそろ新しいお魚さん来ねえの?」

 カイムはまだ二十代前半の若手ながら高位貴族の侯爵で、騎士団の幹部候補だ。
 暇そうに見えて、いつも各騎士団の状況を把握するため回っている。今日はその途中で、後輩のカイルの顔を見に来たといったところだろう。

 先王ヴァシレウスのひ孫の公爵令嬢がタイアド王国の王太子に婚約破棄され、公妾に落とされかけていた事件で悪化していた両国の関係は、戦争寸前だった。
 だが、グレイシア王女が激怒して今後の支援を停止すると発表したことで、タイアド王国は問題の王太子を廃嫡することで事件を強制的に収束させている。
 あとは政治の領域だ。
 ヴァシレウス大王のひ孫セシリアは近いうち、ここアケロニア王国に避難してくることが決まったばかり。

「今回は魚じゃなくて現地の焼き菓子が届きましたよ。父が陛下たちに献上してる頃じゃないですかねえ」
「お魚さんじゃねえのかあ」
「先輩なら領地に帰ればいくらでもシーフードを食べられるじゃないですか」

 カイムの家、ホーライル侯爵家はいわゆる“辺境伯”だ。国境のある地域に領地があり、一部が海に面していて漁港がある。
 以前、カイルの家リースト伯爵家が困窮していた頃は、よく領地の海産物の加工品を差し入れに持ってきてくれたものだった。

「うちの海にゃ魔物は出ねえもんよ。ココ村海岸すごいよな、あんなデカいお魚さんモンスター出るとか半端ねえわ。脚まで生えてるし」
「自然界に人間の脚の生えた魔物なんていませんよ。あるとしたら、禁術で人間の脚を移植されたケースが考えられるけど、そういう邪法はもう何百年も前に失伝してますからね」
「じゃあ、人工的に脚生やされたってことか? だとしたら、そいつセンスいいよな! なかなか艶かしい脚してるもんな」

 先日、ルシウスが送ってきたキンキという、うるうる潤んだ大きな瞳と、体色が鮮やかな赤色の魚など、見事な脚線美を誇っていた。
 食べたけど。煮付けとフライと刺身とスープで。めちゃ旨であった。