「何年か前、王都で大地震が起こったことがあって。全体的に死者や負傷者は少なく済んだんだけど、うちの屋敷は老朽化が進んでるとこ中心に半壊しちゃったんだよね」

 ああ、リーストさんちは幸運値低いですものねえ……とご近所さんからの同情を集めた事件だったとのこと。
 リースト伯爵家の一族は、ステータスの魔力や知力は高めだが、代わりというように幸運値が低めになる傾向があるらしい。

「王都の貴族街、周りどこも被害受けてないのにうちだけ半壊。そのとき、たまたま休日で父様も兄様も家にいたから、お庭で一緒に遊んでた午後に、ドカーンと。目の前でおうちが崩れて僕泣いちゃった」
「庭に出てたから無事だったのか……」

 それは逆に運が良いのでは?

「それでおうちを修復するまで、父様が勤めてた騎士団の寮の部屋に兄さんと二人でしばらく避難してたんだ」
「えっ。領地に戻ったり、親戚を頼ったりはしなかったの?」
「その頃、兄さんが王都の学園の高等部に進学したばかりだったし、僕も兄さんと離れたくなかったんだもん。親戚は……王都にいたけど仲悪かったから」

 屋敷の修復期間中は家人たちの大半に暇を出し、父親のメガエリスも騎士団内に持っていた執務室で寝起きする生活が続いた。

「でね、朝ごはんと夜ごはんは騎士団内の食堂で食べることができたんだけど、お昼は閉まっちゃうから、お外のお店に行くか、寮内の簡易キッチンで自炊するかしかなくて」
「それで自炊するときに覚えたと」
「え、何で年上の兄貴じゃなくてルシウスが?」

 今でもこんなにちまっこい子供なのに、数年前ならもっと小さかったはずだ。
 聞けば、だいたい6年前のことでルシウスは8歳そこそこだったとのこと。
 間違いない。可愛い盛りの幼児だ。
 十四歳の現在でも10歳そこそこにしか育っていないのだから、8歳のときはもっともっと幼かったはず。

「その頃はまだ兄さんもサーモンパイ作れなかったんだよね。数年後に父様が仕事を引退するから、その頃ゆっくり教えるよって話になってて」
「外に食べに行けない理由……あ、そうか、おうちの修復で経済力が低下しちゃったのかあ」

 ハスミンが納得したように苦笑している。

「古い屋敷だったから、半壊を修復とはいえ、新築する並にかかっちゃって。伯爵家の家の格的にもそれなりの屋敷の規模が求められるし。でもうちは父様が魔道騎士団の団長で国に貢献してたし、王族の皆さんとも仲が良かったから、国王陛下が支援してくれるって話が出てたんだよ。それをさ……」

 ぐさっとフォークで、二匹めのサーモンパイも頭の部分を貰っていたルシウスが、目玉の部分にぶっ刺している。
 こわい。めちゃおこだ。
 お行儀悪いですよと突っ込めないくらい怒っている。
 本人の小柄な身体からネオンブルーの魔力が噴き出していて、肌がピリピリする。

「宰相が難癖つけてきたんだ。『国王陛下が一貴族を贔屓することは好ましくありません』とかなんとか言って。そのくせ、もったいぶって後から自分が支援するとか恩着せがましく言ってきたんだって!」
「てことは、パパさんは断ったんだな?」
「当然だよ! 酷いよね、いくら自分が学生時代に父様にフラれてるからって、おうちが壊れて困ってるところに文句つけてくるなんて!」
「んんん?」

 何やら不穏な内容が混ざっている。

「アケロニア王国の現宰相はグロリオーサ侯爵でしたか。年齢は70近く……」
「学生時代に振られてた……?」
「ヤベエ。なんかすごくヤベエ情報聞いてる気がする」

 大人たちが親世代の愛憎に冷や汗をかいている中、ルシウスの話は続いている。

「父様が頑張ってくれて、一年もかからずおうちには戻れたけど! あの頃、父様のふわふわのお髭が苦労したせいでぺしょってなって、艶がなくなっちゃってたんだからね!」
「お髭のお手入れする余裕もなく、金策に奔走されてたんでしょうねえ……」

 パパの苦労が偲ばれる。