「うちの可愛いルシウスに意地悪する料理人、だと……? おのれ、我がリースト伯爵家の総力をもって、いざぶっ潰さん!」
次男ルシウスから届いたお手紙をぐしゃりと握り潰したパパこと、麗しの髭ジジ、リースト伯爵メガエリス。
「父様、落ち着いて。ちょっと手紙見せて」
夕食後、家族用のリビングでルシウスが魔法樹脂に封入して送ってきた焼き菓子を、紅茶と一緒に楽しんでいたリースト伯爵家だ。
ルシウスのお兄ちゃんカイルは、バターの香り豊かなワッフルを幸せそうに食べているお嫁さんブリジットをこれまた至福と言わんばかりに見つめながら、父親の手から手紙を引っこ抜いた。
ざっと、父と弟と同じ湖面の水色の瞳で手紙を読んでいく。
「ふうん。下働きと勘違いされて、平民の料理人風情に見下されたわけか。幼稚な嫌がらせまでされて。……まあ、あいつにしては我慢してるほうじゃないの」
「あらー。ルシウス君、可哀想ですわ。あなた、何か私たちにできることはないのかしら?」
食後だったが、ルシウスの送ってきてくれたワッフルなる焼き菓子の美味なことといったら。
いつもの王宮用とは別に、おうち用にも何十枚も送ってくれていた。
なお王宮用には明日、義父のメガエリスがまた献上しに行くとのこと。
ブリジットがちら、と給仕に目をやると、心得たというように二枚目をさりげなく皿の上に追加してくれた。よし。
「あいつはこんなことぐらいで潰れるタマじゃないよ、ブリジット。オレはむしろ相手の料理人のほうが心配だけどね」
「あらー、そうなんですか?」
「そりゃそうだよ。リースト伯爵家の男は甘くないからね。ルシウスだってまだ子供とはいえその辺はしっかりしてるさ。ね、父様」
「そうかもしれんが、私の気が済まーん!」
もう行っちゃおうかな、ゼクセリア共和国のココ村行っちゃおうかな、とワッフルに次々かぶりついている。
「……ものすごく美味いな、これ」
カイルもチョコレートがけのワッフルを口に運んで驚いている。
チョコレートは市販の甘いスイートチョコレートだが、ワッフルのバターの豊かな風味とパールシュガーの食感が面白い。
すべて渾然となって口の中が幸せだった。
しかもルシウスが焼きたてをそのまま、時間経過のない魔法樹脂に封入して送ってきてくれたものだ。
チョコレートがけのものはさすがに溶けないようワッフル本体は冷めていたが、出来たてには違いない。小麦もバターもフレッシュで味が良い。
カイルのいつものクールで無表情ぎみの口元が綻んでいた。
今回は皿の上でナイフとフォークでそのまま食しているが、アイスクリームやホイップした生クリーム、フルーツなどを足しても美味な感じだ。
「美味しかったよって、ルシウス君にお返事書かなきゃですね、あなた」
「うん……。ついでに、料理人の件はお前もリースト伯爵家の男なら毅然と狡猾に処理せよって書いておいて」
狡猾? とブリジットはやや疑問に思ったが、あまり突っ込まないほうが良い気がしたのであえてスルーした。
それより気になることがある。
「兄のあなたがお返事書いたほうが、ルシウス君も喜ぶんじゃありませんか?」
毎回、ルシウス側からの手紙は半分がお兄ちゃんのことを心配し尋ねているものなのだ。
しかし、いまだにカイルは弟に返信を一度も書いていない。
「オレはあの脚の生えた魚の解析で忙しいんだよ。……まったく、通常業務の他に余計な仕事増やされて大変なんだ」
「あなた……」
それでもワッフル一枚をしっかり食べ終えて、カイルは自室へと戻っていくのだった。
「男兄弟って難しいですねえ、お義父様」
長男カイルのお嫁さん、ブリジットは緩い茶色の癖毛に灰色の瞳の、ややぽっちゃり体型でおっとりした女性だ。
細かいことを気にしない性格が長所で、いつも大らかな彼女がしょんぼりしていると、愛らしい仔犬が落ち込んでいるようで心が痛む。
「……相性ばかりは、どうにもならんからのう」
「あらー……」
のんびりした彼女の口癖を聞いていると和むのだが、そんな彼女も最近ちょっと沈みがちだ。
夫カイルとその弟ルシウスの間を何とか取り持とうとしてくれているのだが、あのカイルの様子だとやはり難しいのだろう。