「さくふわあ〜!」

 クレアとハスミン、二人のオススメというワッフルはこの辺の名物らしい。
 材料はすべてゼクセリア共和国産。
 小麦粉のしっかりどっしりしたパン生地に、たっぷりのバターと大きめの砂糖の粒がたくさん入っている。
 それを格子状の鉄板で上下から生地に押し付けて、薄く一個ずつ手のひらサイズに表面をカリッと香ばしく焼き上げてあった。

 かぶりつくと、溶けたバターのコクのあるミルキーさと、小麦の風味がすごい。
 そこにさくっと噛み締めると崩れていくパールシュガーの食感が楽しい。

「これ、兄さんの好きな味だ。たくさん買っておうちに送ります!」
「あら、お魚さんじゃなくていいの?」
「そろそろ食いきれなくなってきたから、たまには別なもの送れって言ってたって、兄さんのお嫁様から手紙来た」
「ココ村海岸のお魚さんモンスター、巨大ですもんね……」

 しばし三人とも無言で熱々の焼きたてワッフル攻略に夢中になった。

「ふう。美味しかった! ……プレーン以外にオススメってある?」
「あたしはチョコレートがけが好き」
「チーズ入りも美味しいですよー。ピンクペッパーが粒ごと入ってて、ピリッとしてて美味しいんです」

「ふむふむ」

「日替わりもあるから、来るたび試してもいいかも」
「紅茶入りも美味しいの〜♪」

「わかった! ちょっと注文してくるね!」

 クレアたちから食べ終わった後の包み紙を受け取って、屋台まで駆けていくルシウス。



「ふふ。かーわいい。うちの子にもあんな頃があったなあ」
「あれ、ハスミンさんってご結婚されてましたっけ?」
「昔ね。もう旦那も子供たちもいないんだけどね」
「そうでしたか……」

 力のある魔力使いは、見た目通りの年齢ではないことが多い。
 聖剣使いのルシウスも実年齢は十四歳だが、実質10歳ほどにしか見えないし、同じようにハスミンも二十代前半の外見だが実年齢はかなり上だ。

 クレアは受付嬢としてハスミンの実年齢を知っている。
 ちょっと信じられないような生まれ年だったが、こういう事例は魔力使いには時々あるものだ。
 この世界、長生きしている者の中には800歳なんて者もいるぐらい。



「注文してきたよ! クレアさん、焼き上がったらお会計お願いします!」
「はいはーい、了解です!」

 まだ子供のルシウスの討伐報酬はギルド側が預かっている。
 今日も、ルシウスに必要な日用品や欲しいものなどはクレアが支払って、後から精算することになる。

「ルシウス君、明日丸一日、ワッフルだけじゃお腹いっぱいにならないでしょ?」
「でも、あの料理人の作ったもの食べるの、ぼくいやだよ。顔も合わせたくない」
「うーん……」

 二人ともルシウスから、飯マズの臨時料理人が彼に対して注文を後回しにされたり、わざと冷めた料理を出されたりすることを聞いていた。
 数回そんなことを繰り返されたので、嫌気がさしたルシウスは、臨時料理人が当番の日は売店の携帯食だけで食事を済ませているのである。

 とはいえ、あの臨時料理人が手を加えていない常備のパンや軽食なら、食堂の冷蔵魔導庫内に入っている。
 せめてそれだけでも取りに行ければ随分楽になるだろうに。



「ああいう手合いは、周囲が注意すると悪化するのよね……」

 ちなみにギルマスたちギルドの者は、臨時料理人のルシウスへの態度をしっかりチェックしている。
 かといってすぐ解雇にできないのは、いつもの料理人のオヤジさん非番の日にココ村支部まで来てくれる代わりを見つけるのが難しいからだった。
 あんな態度の悪い飯マズ料理人でも、僻地のココ村支部の貴重なメンバーだった。

「あの手のタイプは権威に弱いって相場が決まってるわ。あの料理人がいるとき食堂に入るなら、ココ村支部で一番の上司と一緒がいいわね」
「いちばん……ギルマス?」

 いいえ、とハスミンは細くたおやかな指先でルシウスの唇の端にくっついていたパールシュガーの欠片を取ってやった。
 ひょいっとそれを自分の口に放り込みながら、

「ココ村支部で一番の支配者って誰だと思う? ねえクレアちゃん」
「あー、そうですね。ギルマスじゃないです、はい」
「えっ、誰々!?」

「「サブギルマスのシルヴィスさんよ」」

「そうだったの!?」

 灰色の髪と目の穏やかだが、策士ふうの雰囲気を漂わせているお兄さんだ。おじさんと呼ぶと怒るので注意が必要な人だ。

 冒険者ランクはAランクのシルヴィスよりSSランクのカラドンのほうが上なのだが、いざというときの立場はシルヴィスのほうが強いらしい。

「ええ、シルヴィスさんは元々、カレイド王国の貴族の方なんです。だからゼクセリア共和国の首脳部との交渉を担当してくれているんですよ」

 カレイド王国は円環大陸の北部にある国で、なかなか歴史のある国だった。

 もっとも、そんな彼でもココ村支部の維持費を捻出させるのが精々で苦労している。
 ゼクセリア共和国自体がまだ共和国になって新しい国なので豊かではないためだ。無い袖は振れない。

「だからね、もしあの臨時料理人と関わらなきゃならなくなったら、ギルマスよりシルヴィスさんを巻き込みなさい。彼もさすがにシルヴィスさんの前じゃあなたに無体なことは言えないし、できないはずよ」
「……僕だって他国の貴族なのに。なにこの違い?」
「あの人、最初にルシウス君をただの下働きだって勘違いしてましたからね。その最初の印象のせいで舐められてるのかも」
「むう……」

 何とも気分の悪い話だった。
 だが、そういう話ならば遠慮なくサブギルマスを利用させてもらおう。
 携帯食でも腹は膨れるが、あの飯マズ料理人がいる日は食堂でジュースもお茶も飲みたくないから、飲み物は水しかなくて味気なかったのだ。

「わかった。アドバイス通りにしてみるね!」
「うんうん」

 いいこいいこ、とハスミンに青銀の髪の頭をナデナデされるルシウスだった。