ところで、タイアド王国には廃嫡された元王太子を含め三人の王子がいた。
 第一王子が廃嫡され廃太子にもなったため、第二王子が繰り上がりで新たな王太子となることが発表された。

 が、ここでまたタイアド王国はやらかした。

 もうすっかり各国の主要新聞はタイアドの話で持ちきりだ。
 この一ヶ月ほどの間だけでもほとんど毎日、常連ネタになっている。

 冒険者ギルドのココ村支部内でも、娯楽が少ないから職員も冒険者たちも、顔を合わせればタイアド王国の話ばかりしている。



 王太子の婚約破棄から続く一連のタイアド王国の醜聞にとどめを指すようなこの出来事を、記者は淡々と記事にまとめ上げていた。

 ここ数代、問題行動の多い王族が続いていた中で、良識のある王子として知られていた第二王子には年上の恋人がいた。

 剣聖サイネリア。

 王子より年上。
 平民出身だが幼い頃に剣の才能を見出されて後に騎士団長の養女となったことが縁で、第二王子の剣の指南役となった女性だ。
 凛とした美しい女性と伝わっている。

 二人は幼馴染みでやがて恋に落ちたのだが、ここに来て第二王子が王太子となってしまった。
 元から、王子と平民出身の貴族の養女の関係では結婚は難しいだろうと言われていた。
 ましてや王子が王太子という次期国王が確定した身となってしまっては、尚更だった。

 新たな王太子には、その立場に相応しい他国の姫君が婚約者として決定されることとなった。
 そう、第二王子は近年のタイアド王族として珍しく良識ある人物だったから、その人柄を買われて他国の姫君との縁談を結べたわけだ。



 だが、しかし。

 ここで新たな王太子となった、『良識ある人物』のはずだった第二王子は、恋人の剣聖サイネリアに対して、とても不誠実で愚かなことを仕出かした。

 自分と他国の姫君との婚約発表の場で、自分の恋人である剣聖サイネリアを、側近に下げ渡すことを宣言したのだ。

 己の恋人を、下賜すると。

 剣聖サイネリアはその命令を断った。
 元平民の自分と結婚できないのは仕方がない。いつでも別れる覚悟はできていた。
 だが、だからといって剣聖の自分を“キープ”するためだけに、勝手に身柄を他の男に下げ渡されるなど真っ平だと。

 本来なら、彼女がただの平民でも、また現在の騎士団長の養女の身分であったとしても王族の命令には逆らえないはずだった。

 ただ、彼女はタイアド王国の国民ではあったが、剣聖の称号持ちだった。
 聖なる魔力を使う者には、称号に“聖”の文字が入る。
 代表的なものは聖者や聖女だが、剣聖は剣技をもって聖なる魔力を使う魔力使いの術者なのだ。

 聖なる魔力持ちは、国家権力の支配を受けない。たとえ特定の国に所属していたとしても、命令を拒否する権利がある。
 円環大陸の国際法でそう定められている。
 例外は、建国期から現在まで自国民出身の聖者や聖女を擁するカーナ王国ぐらいのものだ。
 それがこの円環大陸における決まりである。

 これまでは騎士団長の養女として、また第二王子の恋人だから、彼らのいるタイアド王国に尽くして来た。

 だが、本人の了承も取らずに勝手に恋人を側近に下賜するような男の命令など、剣聖サイネリアは受け入れる気はなかった。



 命令を拒絶されたことで面子を潰された新王太子は、怒って剣聖サイネリアをタイアド王国から追放した。

 聖なる魔力持ちは数が少ない。
 その貴重なひとりである剣聖サイネリアを追放した。

 新聞では、彼女が当該記事の執筆時点で既にタイアド国内から出奔していることが綴られている。

 この出来事によって、ただでさえ前王太子による醜聞で失墜していたタイアド王家の名声は、地の底まで落ちることになった。

 一連の経緯を見る限り、『良識ある人物』としての新王太子の第二王子の評判とは、剣聖サイネリアの内助の功だったのだろう。
 記者はそう記事を締め括っている。



「タイアド、もう長くないね。もしかしたら、僕たちが生きてる間に崩れるかも」

 恐らく、アケロニア王国からクラウディア王女を娶った頃には既に崩壊の兆しが出ていたのだろう。
 タイアド王国も、始祖の建国王は偉大な戦士だったと伝わっている。
 このような愚かな子孫によって幕を下ろすことになるとは、建国の祖も報われないだろうと思う。

「剣聖サイネリアの件は全冒険者ギルドにも通達が出たぞ。冒険者登録に来たら上に報告上げろって」
「冒険者登録させないってこと?」
「まさか。その逆だ。いざってとき居場所を把握しておきたいだけさ。聖なる魔力持ちだから魔物退治にゃ打ってつけの人物だし」

 髭面ギルドマスターのカラドンによれば、むしろギルドとしては剣聖サイネリアをフォローする側に回るだろうとのことだった。

「……そういえばルシウス君も聖剣持ちでしたね。将来的に剣聖になる可能性があるのでしょうか」
「どうだろ。ステータスには『魔法剣士(聖剣)』としか表示されないんだよね」

 探るように灰色の瞳で問いかけてくるサブギルマスのシルヴィスに、ルシウスはわからないと両腕を広げて「お手上げ」ポーズを取った。
 周りが自分に対して、剣聖に進化することを期待しているのは知っていたけれども。

「でも、聖なる魔力を持つ者は皆、世界のために活躍しているでしょう? 君も聖剣持ちとして、将来は教会や神殿に所属するのでは?」
「ううん。僕はアケロニア王国の貴族だし、帰国したらまた学生に戻って卒業したら兄さんたちと同じ魔道騎士団に入るよ」

 ルシウスの話に出てくるのは、大好きなお兄ちゃんやパパ、仲の良いアケロニア王族の皆さん、それにおうちの家人や学校で仲が良かった友達の話など、ごく近い人間関係のことばかりだ。
 最近はギルドの人々や親しい冒険者たちのことも口にするようになった。

 このお子様、人当たりは良いが、人そのものの好き嫌いはかなり激しいと見た。



「おう、ルシウス。冒険者ランクがSSまで上がると、各国上層部からの指名依頼の請負い義務が発生するぜ。国の軍属になるならその間、冒険者証は休眠状態になるぞ」
「えええ。じゃあSランクまでで止めておく」

 現在、ルシウスの冒険者ランクはBランク。
 特例措置によるハイスピードなランクアップはここまでだ。以降は討伐実績の積み重ねで、冒険者ギルド所定のポイントが貯まるたびにランクアップしていくことになる。

 もっとも、ここココ村支部で討伐するお魚さんモンスターたちはDからSランクまで、下位ランクから高位ランクまで満遍なく魔物が出る。

 ココ村支部に常駐する期間が長くなればなるほど、ルシウスも自動的にランクは上がっていくことだろう。

 そろそろAランクに上がる頃だった。