「で、そのクラウディア王女様が二番目に産んだ王子が臣籍降下して公爵になった。その娘さんが、今回王太子に婚約破棄された公爵令嬢ね。うちの国のヴァシレウス大王様のひ孫様だよ」

 名前はセシリア。
 まだ16歳ピチピチのご令嬢だ。
 ヴァシレウス大王などアケロニア王族は黒髪黒目で知られている。
 だが彼女はタイアド王家の血のほうが強く出た容姿らしく、金髪碧眼でやや垂れ目の愛らしい少女と伝わっている。



 ところで、アケロニア王国から娶ったクラウディア王女を早死にさせた後のタイアド王国はどうなったのか。

 さすがに、13歳の少女を犯し孕ませる王太子のいるタイアド王国の評判は、国際社会で落ちまくった。
 タイアド王国側も隠していたそうだが、こういう話はどこからか漏れていくものだ。
 もちろんアケロニア王国が密かに各国上層部に広めさせたからだ。

 そのせいで、タイアド王家は他国の有力な王侯貴族との新たな婚姻を、クラウディア王女以降まったく結べていない。
 国内でもせいぜい伯爵家以下の家格の子息子女との縁を結ぶのが精一杯な時期が続く。

 するとどうなるか。
 王家の力が衰える。

「ふーん。ヴァシレウス大王はそうやって王女様の復讐を進めていったのねえ」
「そうだよ。退位して息子のテオドロス様に国王の座を譲ってもまだ続けてると思う。もちろんテオドロス様も、その娘のグレイシア様もね」

 こんな話、世間話で聞いちゃっていいのかな? と女魔法使いのハスミンもギルマスたちも料理人のオヤジさんも冒険者たちも、内心冷や汗ものだった。
 だがルシウスの様子を見ている限り、まだ子供のこの子が知ってる程度のことなら問題ないのだろう。



 それでも、タイアド王国がクラウディア王女との間に生まれた第一王子を王太子にしていればまだ挽回はできたはずだった。
 アケロニア王国のヴァシレウス大王にとって孫にあたる王子だ。

 ところが何とも愚かなことに、その正妃クラウディアとの間の第一王子は、後に臣籍降下させられている。
 後継者には王妃だったクラウディア王女とは別の寵愛する側室との間に生まれた第二王子が指名されている。

 この時点で、アケロニア王国のヴァシレウス大王はタイアド王国を見限った。
 実の孫の、臣籍降下させられた元第一王子の公爵の家族だけを支援し続けて、王家とは限りなく断絶に近い状態が現在まで続いている。

「普通はね、そういうことやらないよね。何のために同盟を結ぶためアケロニア王国の大事な王女様を娶ったんだよっていう」
「しかも、アケロニアのクラウディア王女が産んだのは第一王子でしょう? 正妃との間の第一子を王太子にせず臣籍降下させるとは……ちょっと考えられないことです」

 サブギルマスのシルヴィスも眉を顰めている。
 たとえ不仲な夫婦だったとしても、政治上やってはならない判断だ。

「今回は大丈夫なのか? アケロニア王国、タイアド王国に攻め入り案件じゃね?」

 ギルマスのカラドンも髭を弄りながら難しい顔になっている。
 そもそも、アケロニア王国からタイアドと緊張関係にあって騎士の派遣が難しいので、代わりに寄越されてきたのがこの聖剣持ちのお子様なのだ。

「ヴァシレウス様はもうお年だし、今さら戦争ってことはないと思うけど。ヤバいのはお孫様のグレイシア王女様だね。血の気が多いから、喜んで喧嘩を買うと思うよ」

 グレイシア王女様は子供の頃から、自分が生まれるずっと前に亡くなってしまった、悲劇の伯母クラウディア王女のことを教えられて育っている。
 女性だから剣はさすがに握らせてもらえなかったそうだが、彼女は代わりに護身術と徒手空拳の拳闘術を身につけていて、なかなか強い。
 彼女の夫は夫婦喧嘩のとき、妻がファイティングポーズを取ったら即降参すると決めているそうな。

 王族は皆、次にタイアド王国がやらかしたらもう容赦しないと決めている。
 そうルシウスは聞かされていた。

「そっか、お前んとこの王女様と、タイアドで婚約破棄された公爵令嬢は親戚同士か!」
「そういうこと。またいとこだね」



 新聞には、アケロニア王国とタイアド王国の緊張状態が特集されていたが、具体的にすぐ戦争どうの、という話までにはなっていなかった。

「戦争やるのかな……もし開戦したらヴァシレウス様、“大王”の称号を返上しなきゃだ。でも、そこまでの覚悟があるとしたら……」

 これ以上のことはルシウスにもわからなかった。
 大人たちはあれこれ意見交換していたが、ルシウスはその中にあまり入れない。

 まだ子供の学生だ。知識も経験も足りなすぎた。