その日、ココ村海岸にやってきたお魚さんモンスターはまず巨大イカのクラーケン数体。
これまた巨大なシーフードモンスターだったが、冒険者たちが倒す間もなく後発組の別のお魚さんモンスターに捕食されて終わってしまった。
後に残ったのは、クラーケンの生殖器にあたる長い2本の脚と、硬くて食べにくいと思われる嘴のあたりだけ。
そして後発のお魚さんは赤かった。
鮮やかな深紅の体色、優雅に広がる長めのヒレ。……の隙間から伸びるしなやかな両脚。いつものやつだ。
見るからに触り心地の良さそうなしっとりした体表面。
何より大きく潤んだ澄んだ瞳。かわいい。デカいけど。
そんな真っ赤で巨大なお魚さんモンスターが十数匹、のしのしと歩いて砂浜に上陸しようとしている。
「おっきい金魚さん?」
こてん、と小首を傾げたルシウスに、横からサブギルマスのシルヴィスが訂正してきた。
「いえ、あれはキンキという魚です。深海魚なのであまり浅瀬には出てこないはずなのですが……」
暗器を構えつつ、灰色の髪のサブギルマスは思案げな表情になった。
ここココ村のあるゼクセリア共和国は比較的温暖な気候の地域なのだが、巨大な生足のお魚さんモンスターが出没するようになってから、本来生息するはずのない海域のシーフードモンスターたちも押し寄せてきている。
原因は不明。調査したくてもリソースが足りない。いろいろと。つらい。
「キンキはカサゴの仲間です! 高級魚ですよ、滅多に食べられないんですから!」
こちらも弓を構えた受付嬢のクレアだ。
受付嬢のはずなのに戦闘に駆り出される。それがココ村支部の悲哀でありクオリティである。
「お前、キンキっていうんだね」
じーっと、ルシウスの湖面の水色の瞳と、キンキの大きな瞳が見つめ合った。
とにかく色が鮮やかで美しく、瞳が大きくて可愛らしい魚だ。
ちょっと唇が尖っているところも可愛い。
「僕、これ三体欲しいです。おうちと王女様と学校にそれぞれ一体ずつ送りたいの」
「お前、自宅はともかく王女様と学校のガキンチョどもはこれ見たら泣かねえ?」
確かにキンキは真紅の体色といい、大きく澄んだ瞳といい外見の良い魚だ。
でも脚生えてるけどいいのそれ?
「んじゃ、食堂で食う分に一体、ルシウス用に三体。残りは魔石にしちまってOK! シルヴィス、クレア、ハスミン、補助頼むぞ!」
「「「了解です!」」」
まず女魔法使いのハスミンが、暗器使いのサブギルマスのシルヴィスの使う暗器や、弓使いの受付嬢クレアの矢に麻痺効果の付与を行なう。
その付与付き暗器と矢でキンキの大きな瞳や脚を狙い、痺れさせて動きを阻害していく。
お魚さんモンスターたちが陸で動けるのは、なぜか生えている人間の両脚による機動力のためだ。
その辺を狙ってやれば、対処は比較的容易だった。
「おし、できるだけ一ヶ所に追い込む! ルシウス、魔法樹脂で固めるならそっちの端のやつからな!」
「はーい」
生きの良い魔物をいきなりそのまま魔法樹脂に封入はできない。
今回のように麻痺させたり、ある程度攻撃して弱らせてからでないと固めている途中で魔法樹脂を破壊してしまうためだ。
四体分、麻痺でシビシビしているキンキをパキパキパキッと固めていく。
その間にギルマスのカラドン手動で、剣士や拳闘士たちがキンキたちを浜辺の一ヶ所に追い込んでくれている。
ルシウスはざっと辺りを見回した。
浜辺から少し高台に上がったところに冒険者ギルドの赤レンガの建物が。あちらはダメだ。
反対側には灯台がある。そちらもダメ。
「えと、えと……」
高火力高出力のルシウスの聖剣で一気にお魚さんモンスターをやっつけるのが楽ということで、ギルマス主導で聖剣一振りで片付くよう敵対をまとめてくれているのだ。
これまで、何も考えずに聖剣をぶっ放してきた結果、お魚さんモンスターを討伐の成果である魔石ごとじゅわっと蒸発させてしまったり、海の沖に向けて吹き飛ばしてしまったり。
魔石の回収が不可能になってしまうと、他の冒険者たちは食っていけなくなるし、ギルドの運営にも悪影響を及ぼす。
『いのちだいじに、ませきかいしゅう』の作戦をギルマス、サブギルマスにこんこんと諭されたルシウスである。
大丈夫。ルシウスはちゃんと学習するお子さんだ。
「あ、この角度いい感じ! よーし、行くよー!」
「散開!」
戦闘員が一斉にキンキたちから離れる。
ぶわあっとネオンブルーの魔力が、ルシウスの小柄な身体と、握り締めている両刃の金剛石ダイヤモンドの聖剣から噴き出す。
「成敗!」
光り輝く聖剣から放たれた衝撃波が、一ヶ所にまとめられたキンキたちの巨体にクリティカルヒット!
クギャアアアアアアー!
と悲鳴を上げて消えていくキンキたち。
今日のお魚さん討伐は終わりである。
「よし! ちゃんと出力抑えめで頑張った!」
誇らしげに胸を張るルシウスの前には、十数個の拳大の真紅の魔石が落ちている。
ちゃんと形が残っている。よし。
「キンキの魔石は本体の体色と同じで美しいんです。宝飾品にも使われるぐらいで。高く売れますよ」
とはサブギルマスのシルヴィスの解説だ。
連携プレーによる討伐報酬は山分けとなる。一同わっと歓声を上げた。
「あら? 何かしらこの香り」
魔石の回収し終わり、このまま砂浜に残ってお砂遊びをするというルシウス以外はギルドに戻るという。
自分も彼らに続こうとして、女魔法使いのハスミンは辺りに漂う芳香に気づいた。
爽やかだけど嗅いでいると気分が落ち着くような、スーッと頭の中がクールダウンするような香りだ。
「フランキンセンス……ううん、もっとウッディな感じね。これ何だっけなあ……あ、松脂か!」
昔、ハスミンが家族でピクニックに出かけたとき、現地に松林があったことがある。
針のような松葉をまだ幼かった頃のハスミンが口に含んで年の離れた姉が慌てていた記憶が思い出される。
ごわごわして樹皮が鱗状に剥がれている木の幹から樹液が滲み出ていて、うっかり触ったらべったり落ちなくなって泣いたこともあった。
その樹液が松脂だ。加工して弦楽器の弦に塗ったり、道具のグリップの滑り止めに使ったりする。
その松脂や、松葉など、松の樹木によく似た芳香が砂浜に漂っている。
「辺りに松林……ないわね」
海岸に塩害に強い松などの針葉樹を植林することは多いが、ココ村海岸では特に見当たらない。
樹木は内陸の町に近いところまでいかないと生えていない。
もう少しゼクセリア共和国が国力をつけてくれば、植林にも力を入れるのだろうけれど。
「そもそも、香りの発生源もないのよねえ」
あるとすれば、先ほどルシウスがぶっ放した聖剣の余波のネオンブルーの魔力だけなわけで。
当の本人は波打ち際の少し手前で、楽しげに砂を掬ってはペタペタ固めてお城をひたすら作っている。
「……魔力に香りがあるってこと? ……まさか」
そうだ。聖剣持ちということは、聖剣を通して聖なる魔力が使えるということではないか。
つまり術者本人に聖なる魔力がある。
「詳しい人を呼ばなきゃダメかあ。ついでだからココ村海岸の調査できそうな人にお手紙書ーこうっと」
手に負えなくなる前に本職の魔力使いを呼ぶに限る。