酒の入ったメガエリスの話は、息子自慢に始まり息子愛で終わる。
 そして最近ではオプションとして嫁賛嘆も加わった。

 メガエリスの愉快な話を聞いているとヴァシレウスも心が慰められる。
 ここ最近は他国で婚約破棄されたひ孫娘のことで心を痛め、またそれが原因で戦争の危機に直面していて、王宮内は誰も彼もみな緊張のしっぱなしなのだ。
 そこにゆる〜いお魚さんモンスターを携えてやってくる呑気な魔道騎士団の顧問役メガエリス。
 張り詰めていた空気をいとも容易く霧散させるのは、この髭ジジの才能だろう。

「私ももう数人ぐらい子が欲しかったな」
「まあ授かりものですから、こればかりは」

 メガエリスも実子はカイルひとりのみ。
 晩婚だったので第二子は無理だろうなと諦めていたところに、当時まだ名もなき赤ん坊だったルシウスが地下の倉庫の中から解凍されてきた。
 確かに最初は驚いたが、何といっても同じ一族だ。容貌も自分やカイルとそっくり。
 それはもう猫可愛がりに可愛がった。

 腕にその小さく柔らかな身体を抱き上げて、一族共通の湖面の水色の瞳を覗き込むと、明るくにっこりと笑う息子の何と愛らしかったことか。


『とうさま、だあいすき。……にいさんのつぎにね!』


「くっ。上げて喜ばせてから落とす。我が息子、小悪魔すぎでは!?」
「メガエリス、落ち着け。悪女に騙されて喜んでる残念男みたいになっとるぞ」

 ルシウスが可愛いのは確かだ。
 リースト伯爵家特有の青銀の髪に澄んだ湖面の水色の瞳。麗しの容貌。
 十四歳の今もまだ小柄で、小鹿のようにあちこちご機嫌で駆け回っている姿は、見る者の目を喜ばせている。
 多分、ココ村の冒険者ギルドでも同じだろう。

(まあ、こやつの幼い頃と同じだ。今はすっかり髭のジジイになってしまったが)

 と自分も顎髭のジジイであることは棚上げのヴァシレウスだ。
 ちなみに初めてヴァシレウスがリースト伯爵家のメガエリスに会ったのは彼が5歳のときだ。
 当時はショートボブの髪型とフリルの付いたブラウス、一見するとスカートにも見えるキュロット姿で、控えめに言って美幼女だった。
 かつての麗しの美幼女も今では麗しの髭ジジだ。しかしジジイになっても麗しいのだから恐るべしリースト伯爵家。



「お前も後添えを貰っていれば、あの子の弟妹を作れただろうに」
「私は生涯、妻ひとりで結構。古今東西の美女とやりまくってた陛下には敵いませぬ」
「言うなあ、メガエリス」

 そうは言っても先王ヴァシレウスも、79歳ともうかなりの高齢だ。
 王妃も側室たちも、愛人たちもみーんな亡くなって彼だけが健在である。
 数年前に大病をして以降、そっち系はすっかりご無沙汰だそうだ。
 豊かな黒髪と顎髭にも、白髪が増えてきている。
 が、しかし。

「ルシウスが送ってくる海の魔物を食うようになってから、どうも不思議と調子が良い。お前はどうだ、メガエリス」
「おや、ヴァシレウス様もですか。こう、身体の動きのキレが良くなっておりますぞ。寝起きも良くて」

 元々軍人だから朝は早いのだが、ここ最近は侍従が起こしに来る前にシャッキリ目が覚める。
 前日何かあったっけ? と思い返してみると、そういえばルシウスの送ってきたお魚さん食べてたわと。

「また送ってくるでしょうから、献上しに参ります」
「うむ。待っておるぞ」

 次はそろそろ普通のお魚さんが良いなあと思いつつ、イケジジ二人の飲み会はお開きとなったのだった。