「てなことがあったようです」

 厨房で蒸し上げて貰ったルアーロブスターにバリムシャア……とかぶりついて一息ついたところで、メガエリスがそう報告した。

 生きている間は真っ青だったルアーロブスターも、加熱したら甲羅は真っ赤になった。
 大味かと思いきや、弾力ある身の濃厚な旨味ときたら。
 ワイン、キリッと冷えたワインの白が進む!

「それで、息子たちの仲は修復できそうなのか?」
「別に今でも仲が悪いわけではないのです。ルシウスは兄を好き好きと慕っておりますし、その兄カイルも弟の面倒を見ておりますから。ただ」

 いつもの髭のイケジジ飲み仲間、先王ヴァシレウスとのロブスター食らうよの会である。
 ルアーロブスターの分厚い殻を力任せに割って身から引き剥がしながら、麗しの髭ジジは憂いを帯びた表情になった。

「我ら魔法剣士の一族にとって、聖剣を生み出せるルシウスは希望の星。ですがそれが自分の弟となると……」

 メガエリスにとっては自分の息子が聖剣持ちでも、ただ誇らしいだけだった。
 だが兄カイルは、それが年の離れた弟だった。
 そうして密かに劣等感を抱えていたところに、あの母方の叔父が余計な不和の種を撒きに来たのだから、メガエリスはハラワタが煮えくり返っている。
 今回、お嫁さんブリジットが機転をきかせて王都本邸に出入り禁止にできたことは実に喜ばしい。



 それに、あの兄弟の兄カイル側が一方的にギクシャクし始めたきっかけのとき、メガエリスもその場にいた。
 ルシウスが8歳、兄カイルが15歳のときだ。自宅の練兵場で家族で魔法剣を創る訓練をしていたことがあった。
 血筋の中に金剛石ダイヤモンドの魔法剣を伝えて来ているリースト伯爵家の者でありながら、ルシウスは物心ついてもなかなか魔法剣を出すことができなかった。
 ようやく作れるようになった、そのたった一本が聖剣だったことから、メガエリスは腰を抜かしそうになったものだ。

 だが、しかし。

「『聖剣ってすごいの? 一本だけなんてショボすぎる!』と不満そうだったルシウスを見る、兄カイルの顔が私はいまだに忘れられませぬ」
「まあ、魔法剣を何十何百と持っていたとて、聖剣には敵わぬものな」

 メガエリスは8本。その長男カイルは49本の魔法剣を出せる。
 魔法剣士の力量は創り出せる魔法剣の数に比例する。魔法剣は魔力の塊で、魔法剣の本数が多いとはイコール魔力量が多いことのためだ。

 間違いなく兄カイルはリースト伯爵家が誇る天才だった。

 だが、その弟ルシウスは本人曰く『ショボい一本』の聖剣で、49本もの魔法剣を生み出せる天才の兄を軽々凌駕してしまった。
 以来、兄カイルは弟に対して複雑な思いを抱き続けているようだった。
side イケジジ二人の飲み会3-2〜先王様の息子語り

「親のお前にしたら頭の痛いことかもしれぬが、子のことで悩めるのは羨ましいことだ。うちはテオドロスの親離れが早かったしな」

 現国王テオドロスのことだ。
 偉大なる先王ヴァシレウスと、血気盛んな策略家のグレイシア王女に挟まれて影が薄い王様と言われている。
 あるいはヴァシレウスとよく似た容貌なのにカリスマ性に劣るところを揶揄されるときには『劣化版ヴァシレウス』などと口さがない者はいう。

 しかし親のヴァシレウスから見た見解はまるで違う。
 波瀾万丈だったヴァシレウスの治世を引き継いで、何事もなく安定させている非常に優秀な実務家だった。

 例えば、国の成人貴族をすべて軍属とすることを決めたのは国王在位中のヴァシレウスだがそこに優秀な平民を加えさせ、かつ名誉爵位としての騎士爵を全員に与えるよう進言したのは王太子時代のテオドロスである。
 名誉爵位は一代、本人限りの爵位で、国側は書状一枚で授与できてコストがかからない。
 だが平民にとっては社会的に準貴族扱いの身分が得られるため、獲得に全力を挙げるようになった。
 すると気合の入った平民たちに触発されるように貴族たちの実力も底上げされることになる。万々歳である。

 同じように、王侯貴族だけが通える王都の貴族学園を平民にも開いたのはヴァシレウスだったが、卒業後の進路に王宮の文官登用へきっちり平民枠を作ったのがテオドロスだ。
 これにより、貴族以外の民間からの優秀な知性を軍や国政に集約させることが可能となった。
 結果、大いに国力増加に寄与した。
 テオドロスが関与してから伸びた数字を見て、ヴァシレウスも驚いたものである。

 頭の出来でいえば、息子テオドロスのほうがずっと良い。



 巨大なロブスターのハサミの片方を掴んで、バキッと左右に割り開いた。
 中にはびっしり繊維質な白い身が詰まっている。

「あの子とザリガニ釣りをしたのは、まだ6歳の頃だったか。家族で別荘地に旅行しに行ったのもその頃までだったな。学園の小等部に入学してからは友人らとばかり行動して、この父は放ったらかしよ」
「テオドロス様は自立が早かったですよねえ。そのお子様のグレイシア様も」

 第一子のクラウディア王女が甘えん坊だっただけに、まるで違う性格の息子と孫娘だった。

「……む、ウニソース焼き美味いですぞ!」

 厨房に捌いたロブスターとウニを託したところ、王宮の料理人が美味しく調理して部屋まで持ってきてくれている。
 そのままスチームで蒸し上げたものは素のロブスターが味わえて良い。
 ウニの身をすり潰してバターと混ぜたソースを塗って焼いたものは、これまた海の香りがものすごい。



「テオドロス様とグレイシア様は夕食後はまた会合だそうで」
「私は魔道騎士団の顧問メガエリス殿と会食が仕事だな。……うむ、確かに美味い」

 ウニソースの上からちょっとだけお醤油ちょんと垂らすとまた格別。

 勇猛な魔法剣士だったとはいえ、団長だった現役を退いて一騎士団の顧問に過ぎないメガエリスは、王族を交えた騎士団長たちとの会議には出席しない。
 だが、こうして頻繁に王宮に顔を見せておけば、各所に睨みをきかせることができる。
 その意味でも、息子ルシウスが送ってきたお魚さんモンスター献上は良い口実になった。
 呑気で豪放磊落なメガエリスだったが、用もないのに王族の皆さんに会いに来ることはない。

 とりあえず酒を飲んで美味いものを食って、家族自慢をして二時間ぐらい過ごせば良い。