ルシウスが宿直室の小さな机で、ひとり侘しく携帯食の栄養バーを齧っていると。
「来たぞー! 海から魔物が来た!」
階下から見張り役の叫びが聞こえてきて、ハッとなって携帯食を慌てて水で流し込んだ。
海辺にはすぐ出られるよう、ブーツとウエストポーチは常に身につけている。
本来なら防御力を高めるため革のベストも着用するようギルド側から指導されていたが、6月とはいえ暑い日の多くなってきた海辺での戦いには邪魔だからと着けていない。
もう鉄剣はやめて、武器は自前の聖剣を使うことにしている。
ギルドマスターからは「出力抑えめで! 海岸壊すダメ絶対!」と言われていた。
一階に降りると、冒険者たちやギルマスたちは既に砂浜に出ているようだ。
ルシウスも出入り口に向かいがてら、ちらりと食堂のほうを見た。
例の男は厨房の中にいて、何やら料理の下拵えに集中しているようで、ルシウスの視線には気づかなかった。
「今日はお魚さん……じゃないや、青い海老さん?」
「残念、ルアーロブスターだ! こいつのハサミで傷つけられると誘惑かけられてトリップしてるうちに頭から食われちまう! 気をつけろ!」
真っ青の甲羅を持った巨大なロブスターが十数体、まず数体が砂浜に上がろうとしてきた。
これまた、どれもルシウスの体長よりずっと大きい個体ばかり。
「わあ。脚がたっくさん!」
甲殻類のロブスターには脚が何本も対に生えているが、その本来の脚の隙間からムカデのように一体あたり五対十本の人間のごく短い脚が生えていた。
ルシウスが最初に見たお魚さんモンスターたちは、ふつうの人間の脚だったが、ポイズンオイスターやこのルアーロブスターなどのようにいくつかバリエーションがあるようだ。
「えっ。……速い!?」
本来の脚と人間の脚の相乗効果で、ガサガサガサッと青いルアーロブスターが高速移動している。
「まずい、あのスピードで来られたら接近対応できない人たちが危ない!」
大剣を持って海へ駆けているギルドマスターの横をすり抜けて、一番近くまで迫ってきたルアーロブスターに向けて駆け出した。
手の中には魔法樹脂で剣を作りながら。
「ルシウス、距離を保ちながら戦え!」
「もう遅いでーす!」
そのままぴょんっと砂地を蹴って、ルアーロブスターの上に乗っかった。
頭の部分より少し後ろに着地すると、大きなロブスターのハサミはそこまで届かない。
「わあ。ハサミぎざぎざしてるー」
「バカ、素手で触るんじゃなーい!」
「大丈夫。手はちゃんと魔法樹脂で保護してるよ!」
ハサミや身体の胴体の大きさのわりに、目玉はそう大きくない。
両目の近くから長い触覚が伸びていて、背に乗ったルシウスを叩き落とそうとしてくる。
「おっと。そんな攻撃じゃやられないよー」
ぱしっと2本の触覚の髭を両手でそれぞれ掴んだ。
ギーギーギー!
鳴き声なのか甲羅の軋む音なのかわからない悲鳴を上げて、ルアーロブスターが悶える。
「お?」
そうして触覚を片手でまとめて、もう片方の手の聖剣でハサミをぶった斬ろうとしたところで、ルシウスはあることに気づいた。
右の触手を引っ張る。
ルアーロブスターはその真っ青な身体を右に向けて進んだ。
左の触手を引っ張る。
今度は左を向いて進み出した。
両方一気に後ろに引くと止まる。
「ふむ。じゃあ両方上に引っ張ると?」
勢いよく前に向かって突進した!