先王ヴァシレウスはルシウスをまたソファに戻して降ろしてやった。
「先ほどグレイシア王女がお前に訊いてきた話は、元はお前の兄に来た任務のことなのだよ」
「さっきのって、救援要請来てたってやつですか?」
魔物が大量発生した国から救援要請が来ているが、自国の大人の事情であまり人員の数を出せないという話だ。
「この話は元々、魔道騎士団のエースであるお前の兄に来ていたものだ。だが、ちょうど結婚と時期が重なってしまって、後任が決まらんのだよ」
為政者として長く務めてきた先王ヴァシレウスの穏やかな説明に、ふんふんとルシウスが頷いている。
ふたりの会話を聞きつつ、王女様は部屋の隅で控えていた秘書に目配せして呼び寄せ、こしょこしょと内緒話を始めた。
「そこで私は思うわけだ。兄の新婚旅行先まで追いかけて顰蹙を買うより、その兄が果たせなかった任務をこなしておいたほうが……」
「ほうが?」
「お前の兄は、お前を自慢に思うのではないかな」
「!?」
ルシウスの脳内で、大好きなお兄ちゃんの姿が浮かぶ。
『兄の仕事をお前が片付けてくれただって? ああ、ルシウス! 我が弟よ! お前こそがこの兄の誉れだ!』
『兄さん、大好き!』
ひしっと抱き合う兄弟。そんな空想。
(悪くない。悪くないぞーう!)
「やります! 行きます! 兄さんの役に立ちます」
「その意気や良し! 手配は済ませた、さっそく向かってくれ、ゼクセリア共和国へ!」
「へ?」
ひょいっと、今度は先王ヴァシレウス様の腕に抱っこされた。
年のわりにやや小柄とはいえ十四歳のルシウスを、仔犬でも抱えるように軽々と。
そのまま衛兵たちに先導されて執務室を出て、王宮入り口まで。
後ろには王女様と国王様も付いてくる。
「あれ? え? どういうこと???」
王宮の入り口には荷物をたくさん積んだ馬車が停まっていて、ルシウスはその中にぽいっと放り込まれた。
がしゃん。
馬車の扉が閉じられた。
「ち、ちょっと待ってください、展開が早すぎませんか!?」
「ははははは。お前の父メガエリスには話を通しておくし、学園には休学届けを出しておいてやる。頼むぞ、一年ぐらいで片付けてくれると助かる!」
王女様の説明に、ルシウスは目を剥いた。
「一年!? そんなにかかるんですか、聞いてないですよ!」
「帰ってくる頃には、お前の甥か姪ができてるかもしれんなあ」
呑気な国王様のテオドロスが手を振っている。
「よし、連れて行け!」
「ハッ、では!」
護衛役の騎士一人が王族たちに敬礼し、馬車の御者に合図してから騎乗した。
「それではこれより、リースト伯爵令息ルシウス様をゼクセリア共和国、ココ村へお連れする任務に就きます」
「うむ。気をつけて頼むぞ」
「騙されたー!!!」
叫ぶがすべては遅かった。
半日で終わるはずのルシウスのプチ家出は、そうして本格家出になってしまったのである。