冒険者ギルド、ココ村支部を利用する冒険者たちが、ここに居つかない理由はいくつかあった。
 僻地すぎる。それもある。
 資金難。それもある。
 人員不足。もちろんだ。

 他は、ココ村支部に来ると、体調を崩すことが多いのだ。
 水が合わないのか、そのせいもあってこの支部にはなかなか冒険者たちが居つかなかった。

 気づいたら、冒険者はルシウスと女魔法使いのハスミンだけ、という日が増えている。

「ルシウス君は平気なの?」
「僕、身体すごく丈夫だよ。お腹も強いの」

 ちょっとくらい食べすぎたぐらいでは屁でもない。
 むしろ育ち盛りだからお腹はいつも空いている。



 だが、そんなルシウスを弱らせるものがあった。
 ココ村支部は職員の数が少ない。
 それは食堂も同じことだ。人の出入りの多い支部なら料理人と配膳とで最低五人はいるはずの食堂に、ここは町から毎日来てくれるオヤジさん一人しかいないのだ。
 それも、朝から晩まで一日詰めてくれている。
 もう年は六十を超えていて、妻にも先立たれ子供たちも独り立ちしているからと、長時間労働でも笑ってこなしてくれていた。

「ここは客も少ないから、どうってことないよ」

 と笑ってくれるオヤジさんに胸キュンとなるギルドの人々だった。



 本来なら週休二日のところを、毎日出勤でも大丈夫だと言ってくれているオヤジさん。
 しかし、さすがにそれだとギルド運営規則に反するため、最低一日は休んでもらうことにしていた。

 その週に一日だけのオヤジさんの休日には、臨時で料理人に来てもらっている。
 彼も少し離れた内陸の町の食堂の料理人で、まだ三十代ほどの痩せぎすの男だ。

 この臨時の料理人の男は週に一日しか出勤しないが、今のギルドマスターたち上役や職員より少しだけ古株だった。
 そのせいで妙に態度がデカい。
 最近ではぽっと出のルシウスが気に入らないという態度をよく見せていた。



 魔物が来たり来なかったりのココ村支部。
 ルシウスは暇なときはギルド内の仕事や、食堂で配膳を手伝っていた。
 そのため、来たばかりの冒険者や外部委託の下働きの者の中には、ルシウスが冒険者だと知らない者もいた。
 週一ほどの間隔で食堂の臨時料理人として町からやって来る男もその類だ。
 新人がギルドマスターや冒険者たちに可愛がられているのが気に障るらしい。

「ルシウス君、ご飯行かないの?」

 食堂に臨時の料理人の男が来る日は、ルシウスは二階の自分の部屋になっている宿直室か、ギルドの事務室にこもって食堂に寄り付かない。

「今日はあの人がいる日だから、売店の携帯食にする」
「ああ……それね」

 事務室にいたギルマスのカラドン、受付嬢のクレア、サブマスのシルヴィスもげんなりした顔になった。

「オヤジさんと比べると、まあ何だ。ちょっとな」
「不味いですよねえ、彼の料理。前日のうちにオヤジさんが仕込んでおいてくれるスープだけが救いです」

 言葉を濁したカラドンに、シルヴィスは容赦なくズバリと斬り込んだ。
 そうなのだ、あの臨時料理人は、料理人なのに飯マズ属性。
 それだけならまだしも、ルシウスにだけ態度が悪くて、ルシウスの注文をいつも後回しにする意地の悪いことをするので行きたくないのだ。
 しかも後回しにしておきながら冷めた料理を出してくる。さすがにあの男の料理はもう要らない。

「ルシウス君。ご飯代わりにはならないだろうけど、チョコ食べる?」
「食べる!」

 アケロニア王国の王女様から送られてきたお高いチョコレートを、いつもよりちょっとだけ多めに受付嬢クレアが手渡してくれた。



 二階への階段を上がりながら、チョコレートを口に放り込む。

「なんか、あの人と関わると嫌なことになりそうな気がするんだよね」

 ルシウスには“絶対直観”という、精度高めの予感スキルがある。
 あの臨時の料理人の男に、このスキルがビンビン反応している。

 油断はできないぞと、いつも笑顔を絶やさないルシウスは表情を引き締めた。