「ルシウス君はいつもご機嫌で良い子ですよねえ」

 受付嬢のクレアも頷いた。
 食堂の同じテーブル席でハスミン、受付嬢、ギルドマスターで今後の戦略の相談をしていたのだが、ルシウスがお兄ちゃん語りを始めたので笑いながらそっちに耳を傾けていたのだ。

 海からお魚さんモンスターがやって来ないときは、暇を持て余すここ冒険者ギルド、ココ村支部。
 常駐しているルシウスも例外ではない。
 ギルド側では差し障りのない書類仕事を手伝ってもらったり、同じく暇を持て余した他の冒険者たちが駄弁っている食堂の給仕などをお願いしたりしていた。
 そう、今もお兄ちゃん語りにひと段落ついて給仕に戻っている。

「おーい、こっちにエールふたつー」
「はーい、お待ちくださーい」

 容貌も、小柄でフットワークが軽く、青みがかった銀髪に湖面の水色の瞳はいつもキラキラと輝いていて、麗しく可愛らしい。
 そんな子供が人懐っこいものだから、一見さんの荒くれ冒険者たちともすぐ馴染んで可愛がられている。

「貴族の子だから、傲慢なとこあるかなって思ってたら、全然そんなことなかったですよね」
「まあ、あのヴァシレウス大王のアケロニア王国の貴族だからな。あそこは王族(うえ)の人柄が良いから、一般的にイメージするような傲岸不遜なお貴族様は少ないほうだ」

 ルシウスは円環大陸の北西部にある、魔法と魔術の大国アケロニア王国からやって来ている。

「ただ、十四歳にしては小柄ですよね。あれだと8歳……いや、せいぜい10歳くらいにしか見えません」
「強い魔力持ちは成長が遅いって聞いたことがある。そのせいじゃねえかな」

 成人前の成長期は特に個体差が激しいと言われている。

「言動も幼いわよね。おうちの方、心配じゃないのかしら」
「親父さんは無茶苦茶心配してるな。毎回すんごい分厚い手紙来るし。ただ、戦力的には何も問題ねえから、上手く実戦経験を積ませてやってくれだと」

 最初こそ何でこんな子供が、と頭を抱えていたギルドマスターだが、蓋を開けてみればとんでもない最終兵器持ちだった。



「結局、アケロニア王国以外からは応援、どっこも来ませんでしたねえ」

 受付嬢クレアがペンを片手に嘆息した。
 ココ村支部のあるゼクセリア共和国はもちろん、近場のカーナ王国やカレイド王国他、なしのつぶてだった。
 特に対岸のカーナ王国は、ココ村の海岸に海の魔物が出没する原因のひとつなのだが、国境の外はまるで知らんぷりだった。解せぬ。

「最終手段は、冒険者ギルドの本部に頼めば良かったんだけどよ。それやると、テコ入れされて国との関係も悪くなっちまうし」

 最悪、ココ村支部の廃止もあり得た。
 だが、ゼクセリア共和国自体がまだ弱い国なのに魔物が来ることがわかっているココ村支部を廃止したら、それこそ本末転倒である。
 ギルドマスターのカラドンには、こうした国との関係の調整も業務の内だった。

 そして、こんな僻地のココ村支部に支援しても、各国にメリットなどない。
 本来ならゼクセリア共和国が対処すべき問題だから、どの国も内政干渉になることを忌避して静観されているというところだろう。



「何でアケロニア王国だけ人員や物資を送ってくれたのかしら?」
「んー。多分、俺が今の国王様と面識あるからだろうな。俺、若い頃にアケロニア国内のダンジョン近くのギルドを拠点にしてたことがあっから」

 まだ結婚もしておらず、冒険者活動に夢中になっていた頃だ。

「アケロニアにも海があるんだが、たまたまそこに今の国王様が新婚旅行に来てたわけ。お忍びだったみたいだから護衛もそんな数連れてなくて、そこに海から魔物が来ちまったんだよな」

 そのとき、たまたま海辺の宿屋にいた冒険者カラドンが、当時まだ王太子だった新婚の現国王夫妻を助けたことがある。

「理由があるとすりゃ、そのときの恩を返してくれたってことじゃね?」
「義理堅い王族ねえ。今どき珍しいじゃない」

 結果を見れば、ルシウスを派遣してきたのは上手いやり方だった。
 自国の騎士を派遣すると費用も嵩むし、内政干渉を疑われて他国からの批判が出る可能性もある。
 まだ学生のルシウスなら、冒険者登録をして社会経験をさせていると堂々とした言い訳が立つ。
 活動費用はルシウス自身がお魚さんモンスターを倒した討伐報酬で賄える。
 ココ村支部は安定した強力な戦力を使うことができる。

「ルシウスがいるうちに体制固めねえとな」

 そうは言っても、やはりまだ十四歳の子供というのがネックだ。
 いつ本国に帰還するかわからない。
 そのときまでに、どれだけ支部の体制を固めておけるかが勝負だった。