新婚旅行から戻ってきて二日後から、長男カイルは職場である王都の魔道騎士団に再び出勤し始めた。
お嫁さんである、緩い茶色の癖毛とグレーの瞳のぽっちゃり系女子ブリジットは、専業主婦として家政を取り仕切っていくことになる。
とはいえ、リースト伯爵家は中堅どころのお貴族様の家で、家人たちは粒ぞろい。
既に当主メガエリスの妻は亡くなって久しいため、父と息子二人の男世帯の家の中のことは家人たちが上手に回している。
ブリジットの女主人としての修行はのんびり進めていこうという話になっていた。
朝、出勤する夫を見送ったブリジットは、義父のメガエリスと家族用のプライベートサロンでお茶を楽しんでいた。
メガエリスも長男と同じ魔道騎士団の所属だが、息子は現役、父は顧問で半隠居状態。ゆえに大抵自宅にいる。
夫カイルの弟ルシウスから手紙が届いたとのことで、ブリジットも読ませてもらうことにしたのだ。
今回はお魚さんモンスターは送られてこなかった。一安心。
「ルシウス君、冒険者ギルドで活躍してるのですよね。そういえば、何でまだ学生のルシウス君がそんなことになったのです?」
「う。そ、それはだな……」
そうだった。まだこの嫁に事情を話していなかった。
そこでメガエリスは、次男ルシウスが、本当は兄夫婦の新婚旅行について行きたいと言っていたことと、それにまつわる親子喧嘩とルシウスの家出、王女様に嵌められてゼクセリア共和国の冒険者ギルドに派遣されてしまうまでの経緯を掻い摘んで話した。
「あらー。そうでしたか、ルシウス君も一緒だったら楽しかったのにねえ」
「なぬ!?」
意外な事実発覚。
この嫁的には夫の弟が新婚旅行に来るのはアリなのか!?
「ふふふ、カイル様ったら口下手で、私とふたりきりだと間が保たなかったというか。ルシウス君がいたら賑やかで楽しかったかなあって」
「そ、そうか……それなら親の私が変な気を遣わず、ブリジットに先に訊いておけば良かったか……」
そうしたら、自分は可愛い次男ルシウスを殴る必要もなく、勝手に遠隔地に派遣されてしまうこともなかったというのか。
もしかしないでも、我が家にとってこの嫁は大当たりでは?
優秀だが神経質なところのある長男カイルに、おっとり大らかなこの嫁は好相性のようだった。
ところで、この嫁は何が決定打となって長男カイルとの結婚を決めたのだろう?
リースト伯爵家の者は青銀の髪と湖面の水色の瞳、白い肌など、とにかく麗しい容貌の持ち主として知られている。
基本、モテ男モテ女の家系だが、逆に美形すぎて本命とするには敬遠されやすいところがあった。
長男カイルと、王都の子爵令嬢だったブリジットは先月始めに見合いしたばかり。
その場でカイルは彼女に求婚し、翌月の今月6月にスピード結婚まで漕ぎ着けている。
父のメガエリス的には、学生時代も、騎士団員となってからも彼女らしい影のない長男を心配していたので、息子の決定に反対などするはずもない。
「ふふ。お義父様、リースト伯爵領では虫を食べる文化があるそうですね?」
「なぬ、虫だと!?」
ブリジットは灰色の瞳を悪戯っぽく輝かせて笑った。
「お見合いのとき、カイル様が私に言ったんです。『うちの領地はポーション材料に虫のエキスを使うことがあるけど、そのまま食べることも多いんだ。そんな家の男と、君は結婚できる?』って」
「はあああ!? 何じゃそれは!?」
聞いてない。さすがにそれは聞いていない!
「物を食べたら歯を磨いてうがいをし、香草を噛むのがエチケットですよ、とお答えしましたの」
「う、うむ」
「口から虫の脚が飛び出てさえいなければ、我慢しますわ、とも」
「おう……」
「そうしたら、直後にこう、私の前に跪かれて。『君はオレの運命の人だと思う。結婚してください』と求婚されましたのよ」
「なるほど……」
もちろん、リースト伯爵領に虫食文化などない。
魔法薬のポーション材料に、ある種の虫のエキスを使うことは事実だが、ごく一部に過ぎない。
「つまり、カイルの奴はそなたを試したわけか……」
「はい。見事、“お試し”をクリアーしてお嫁さんになりましたわ♪」
「息子が済まない……本当に済まない……」
あいつ何やっとんじゃ、とメガエリスは長男カイルを一度締め上げることを心に誓った。