大量に海岸に押し寄せてきた吸血オクトパス。
 元々脚があるタコだからか、いつものお魚さんモンスターたちのように人間の脚は生えていなかった。

 だが、とにかくデカい。
 一体一体が、三階建ての冒険者ギルドの建物ぐらいの大きさがある。
 脚に付いた無数の吸盤から粘液を出していて、物理攻撃の衝撃を緩和しているとのこと。
 しかも一度その脚に絡め取られると、吸盤の繊毛が肌に密着して、そこから血液と魔力を吸われてしまうらしい。
 だから呼び名が『吸血オクトパス』。

 こんなときに限って、冒険者の数が少ない。

「クソ、ココ村支部もここまでかよ……!」

 有効戦闘員四人だけでは、さすがにこのタコの大群を始末するのは無理だ。
 絶望に髭面ギルドマスターが苛立ちまぎれに大剣で砂浜をぶっ刺していると。



「あー! 僕の剣がー!」

 軽いフットワークを生かして吸血オクトパスの脚を切り落としていたルシウスが、ついに吸盤付きの脚に鉄剣を奪われてしまった。

「ルシウス君、後退! 体勢を立て直して!」
「り、了解です!」

 先折れの黒い魔女帽子に黒いローブ姿の魔法使いハスミンが、杖を握り締めて吸血オクトパスに雷魔法を使う。
 ドガーンと雷撃を受けて吸血オクトパスが焼け焦げておいしそうな匂いがする。
 あれ、このタコ食べられるの? というような食欲をそそる匂いだ。

 しかし、数が多い。
 そして巨大すぎる。

「ううう。あたし戦闘向きじゃないのに。本当なら今頃ベルセルカちゃんとイケメン捕まえてシーサイドバカンスヒャッホー! だったはずなのに! タコは好きだけどあたし知ってる、こういう大きなやつは大味なのよ、美味しくないのよーう!」

 ヤケクソで雷撃を放ちまくるが、当たったり当たらなかったり。
 本来バフ担当のハスミンは戦闘能力は高くない。
 タコはカルパッチョやトマト煮込みが好きだが、このままではハスミン自身が吸血オクトパスの餌食になってしまう。



「まだお昼ごはんも食べ終わってないのに。タコさん許すまじ!」

 巨大タコに奪われたギルド備品の鉄剣に見切りをつけ、ルシウスは自分の手の中に魔法剣を作り出した。

 まず、魔法樹脂で一息に透明な両刃の剣を作る。

 そこに自分のネオンブルーに輝く魔力を満たしていくと、キラキラと光が乱反射するダイヤモンドの剣へと変化していった。
 陽の光だけでなく、ダイヤモンドの剣そのものも発光している。

 武具でも魔導具でも、魔力で光るものといえば相場が決まっている。
 聖なる魔力の媒体。
 ルシウスの場合は何と。

「ぎ、ギルマス、あれって……!」
「せ、聖剣か! ……くそ、アケロニア王国の王女様、何が『世間知らずの子供』だよ! 最高の大物を送り込んで来てくれたんじゃねえか!」

 只者じゃないとは思っていたが、可愛らしい人当たりの良さにすっかり油断していた。

 ゴゴゴゴゴ……と地響きか遠雷かというような低い振動音が鳴る。
 両足に力を込めて砂の上に踏ん張る。
 聖剣を大きく振りかぶって、ルシウスがその湖面の水色の瞳でタコたちを睨みつけた。

 目が合ってしまった吸血オクトパスたちがビクッと震えだす。


「唸れ、我が聖剣よ! 我が最愛の兄の名にかけて、今この一撃を食らわさん! 必殺! セイントソオオオオオオド!!!」


 光る聖剣は爆音を立ててネオンブルーの魔力を放ち、何十体といた吸血オクトパスを海水ごと巻き込んで、じゅわっと蒸発させた。

 後には、大きく抉られた砂浜。
 急激に水量を失った海が、抉られた砂浜に波をぶつけて大きく弾けている。

「あ。兄さんの名前、言い忘れちゃった。もういっちょ!」
「待て! 待て待て待て! そこまで、ストーップゥ!」

 海岸の形が変わっちゃう!
 慌てて後ろからギルマスに羽交い締めされて止められてしまった。

「セイントソードって、それ武器の名前ですよね……必殺技とは違うような?」
「しっ、黙って! 十四歳なのよ、何か格好いいこと叫びたいお年頃なだけ、突っ込み厳禁!」

 首を傾げているサブギルドマスターのシルヴィスに、女魔法使いのハスミンが慌てて口を塞いだ。

 こういうとき、大人は暖かく見守ってあげよう。