「メガエリス、これはまだ生きているのか?」
「もちろん生きてますとも。でないと食用の鮮度が保てませぬ」

 この国では海は、王都から離れた一部の領地にしかないので、牡蠣を見たことのない者が多い。
 あっても、せいぜい瓶詰めのオイル漬けぐらいのものだ。

「貝の殻の蝶つがい部分を破壊すれば、魔物化する前の牡蠣に戻ると息子の手紙に書かれてありました」
「なに、本当に食すつもりなのか?」

 腕組みして魔法樹脂の中のポイズンオイスターを眺めていた先王ヴァシレウスが驚いている。

「食いますとも。息子は『最高に美味しかった』と書いてますし、上の兄夫婦にも今宵の夕餉に食す予定ですぞ。将来生まれてくる孫のためにも精をつけてもらわねば」

 周囲の魔道騎士の皆さんも興味深げに話を聞いている。
 魔法薬のポーションが身近な彼らにとっても、牡蠣のような強壮作用のある食品は興味がある。



 王女様は側近に何やら武具を倉庫から持ってくるよう指示している。
 そして自分の両拳に鉄板入りの皮の手甲を嵌めていた。

「よし! いつでも良いぞ、メガエリス!」
「いやいや、よしじゃないでしょう、よしじゃ」

 呆れたメガエリスがまず一体目の魔法樹脂を解く。
 やはり、ずべっと短い脚で身体を支えきれず練兵場の地面に倒れたポイズンオイスター。

「ここが蝶つがいですな。この部分を切れば、ほれこのように」

 ナタの形に作ったダイヤモンドの魔法剣で、するっと殻の接合部を切り離した。
 魔力で創る魔法剣は、その鋭さ、バターをすくうナイフの如く。するりんと抵抗なく切れまくるのが特徴である。
 瞬間、パッと光って、ポイズンオイスターは数十個の普通サイズの牡蠣になって地面に落ちる。

「えええ。私がやりたかったのにー」
「殻に毒があるから“ポイズン”オイスターなのです。さすがに王族の方は近寄らぬほうが良い」

 グレイシア王女様は血の気の多い武闘派だ。
 他の王族は身の安全のためステータスを防御に多めに割り振っているのに、彼女はやたらと戦闘力が高い。
 ただし、次期女王ということもあって、実践経験の少なさがネックであり、本人の不満だった。



「見たところ、弱い魔物のようだ。どれ、二体目は私が処理しよう」

 大柄な先王ヴァシレウスが軍服の上着を脱いで、後ろの侍従に放り投げた。
 齢79歳とは思えぬほど鍛えられた厚い筋肉の肉体が現れる。

 中に着ていたシャツを腕まくりして、ムンッと下腹部に力を込め魔力を手の中に集めていくと、魔術で盾の付いた大剣を作り出した。

 本来なら剣の付いた盾は、バックラーという名の防具だ。
 利き腕とは逆の腕に装着する、防御と攻撃を補うための、先に短剣が付属する小型で丸型のものを指す。

 ヴァシレウスの場合、剣の柄を握って盾の表面や側面を使って、ハンマーやメイスのように敵をぶん殴って使える形態に発展させたものを使っている。

 それもうバックラーって言わなくね? と皆思っているが、本人が嬉々として振り回して狩りで獣や魔物を倒すものだから、大人しくお口を閉じている。

「メガエリス、魔法樹脂を解け」
「ヴァシレウス様。あなた様もおやめになったほうがよろしいのでは?」
「まあまあ」

 こうなると先王様も引いてくれない。
 仕方なく、魔法樹脂を解除する。
 地面に落ちたポイズンオイスターは、やはり短い脚で自重を支えきれず突っ伏した。

「蝶つがいは尻のところだな。せーの!」

 バキィッ

 と鉱物質の殻が割れる音がして、ポイズンオイスターは元の普通サイズの牡蠣数十個に戻った。

「おじい様、ずるいです。わたくしだって魔物退治してみたかった」
「さすがに、お前の徒手空拳では無理だ。せめて何か武器を使いなさい」
「はあい……」

 グレイシア王女様は残念そうにしょんぼりしたが、この調子だとまだまだルシウスから海の魔物が送られてきそうである。
 毒のない魔物なら、対戦させてもよいかもしれない。