ルシウスが自分や他の冒険者たちと装備の手入れをして、一通り終わる頃。
食堂にはパイの焼けるバターと小麦の良い匂いが漂い始めた。
「これは……期待大な感じ!」
さささっとテーブルの上に広げていた装備や道具類を片付けて、率先して料理の配膳を手伝った。
冒険者ギルド・ココ村支部は海沿いの国境にある重要支部だ。
ただし、僻地すぎて冒険者たちの集まりがすごく悪い。
それでも冒険者ギルドとして、必要な機能や職員たちは揃っている。
まず、ギルドマスターのカラドン。
お馴染みの髭面大男である。
元SSランク冒険者なので戦えるギルマスだ。
つぎにサブギルドマスター、シルヴィス。
穏やかながらしっかり者でギルマスを補佐している。
受付嬢クレアは事務員を兼ねている。
利用する冒険者の数が少ないので、余裕で回せていた。
討伐品の売却、換金所には専門の職員がひとり。
一番最寄りの町の冒険者ギルドから昼間だけ出向してくれている。
建物外には小屋があり、討伐した魔物や魔獣の解体場となっている。
ただし、ここココ村支部で対応する魔物は海の魔物、主にお魚さんタイプのモンスターのみで、すべて討伐時に魔石に変えてしまう。
そのため、解体場の出番はあまりない。
あとは、下働きの男が週に数回来て建物の清掃を行なっている。
今日はお休みの日のようだ。
そして一番重要な食堂には、料理人のオヤジさんと、オヤジさんがお休みの日に代理で来てくれる最寄り町の定食屋の若い料理人のお兄さん。
厨房には、常にどちらかが一日詰めてくれている。
オヤジさんは飯ウマの調理スキル上級プラスのランク保持者だが、若いお兄さんのほうは初級プラスで、あまり料理は美味くない。
今日は飯ウマのオヤジさんの担当日だ。
美味しいごはんの日!
「お、パイか! 美味そうだな!」
ギルドマスターや冒険者たちが、メイン料理を見て目を輝かせている。
「何のパイなんです? これ」
「僕が獲ってきたデビルズサーモンです!」
ルシウスが胸を張ると、おおー! と拍手が。皆さんノリが良い。
丸皿の上には、一人前ずつ四角に焼き上げられたパイがひとつと、付け合わせにたっぷりの温野菜とフライドポテト。
ソースは皿に直接、赤ワインソースが敷かれている。
「「「いただきます」」」
さくっとナイフで切り分け、断面を見ると胡椒とマヨネーズで味付けした薄いサーモンピンク色の身が見える。
まずは一口。
さくさくの香ばしいパイ生地と、ジューシーなデビルズサーモンは、単純な味付けだがなかなか美味かった。
特にデビルズサーモン、感触がふわっとしているのに弾力があって、食べ応えがある。
「デビルズサーモン、案外いけるわねえ」
ワイン飲みたい、赤いやつ、と金髪の女魔法使いがしきりに唸っている。
「サーモンパイは僕の故郷の名物料理なんだよ。美味しいでしょ?」
「「「美味しい美味しい」」」
ちょっと大味の魚だったが、料理人の腕が良いから美味に仕上がっている。
「故郷かあ。俺もしばらく帰ってねえなあ……」
悲しげに髭面ギルドマスターが呟いた。
「うちの娘ちゃんにもう顔忘れられてたりして」
レイティアちゃん13歳だ。
ギルドマスターの机に写真があるが、奥さん側に似たようでとても可愛らしいお嬢さんである。
「ん? どうしたルシウス?」
サーモンパイを食べる手が止まっている。
「故郷……おうち……」
周りが見ていると、だばーとその場でルシウスが大量の涙を流して泣き出した。
「僕も兄さんに会いたい……うええ……」
「あっ、泣くなルシウス、飯が不味くなる! 泣くな、堪えろ! 一回り大きくなった姿を見せてやるんだろ!?」
「……がんばる」
ぐしっと袖口で湖面の水色の目を拭って持ち直した。
そう、アケロニア王国の王女様から託されたルシウス少年の説明書には、特記事項があった。
『この子は超が付くほどのブラコンなので、遅かれ早かれ兄を思い出してホームシックにかかるはず』
『その際は、適当に兄のことをダシにすればわりと操縦しやすい。上手く宥めすかして気を逸らさせてやってほしい』
「こういうことかー」
「なるほど、やっぱりまだ子供ですものね」
ギルマスとサブマスが頷き合う。
「まあ、泣いてても飯食えるならまだ平気だろ」
モリモリとサーモンパイを食べて、付け合わせのフライドポテトのほっくりした味の良さにも顔を輝かせて、どちらもお代わりまでしている。
これで食欲がなくなると深刻だが、ルシウス少年にその気配は微塵もなかった。