その日、砂浜でルシウスは砂遊びをしていた。

「海のお砂遊びたのしい。僕んちの領地、川はあるけど海はないもんね」

 ルシウスの故郷アケロニア王国では、海に接している地域は、国境のある他のお貴族様の領地だけだ。
 例えば、ルシウスの護衛で来てくれたホーライル卿のおうちなんかが、それに当たる。



 朝早く起きて、まだ涼しく日差しも穏やかな朝食前の午前中に、引き潮の海岸で夢中になって城を作った。

 スコップを取りにギルドまで戻る時間も惜しんで、魔力で透明なスコップやコテを創り出してあれやこれ。

 てっぺんにはデビルズサーモンも作って乗せた。
 サイズはそう大きくないが、なかなかの出来だ。

「見よ、この鱗のリアルさをー!」

 達成感で満面の笑みを浮かべる。


「すごい。芸術品じゃないこれ!?」

「おっと、足が滑ったぜー」

「!?」


 ぐしゃあ


 散歩がてら海岸を歩いていた冒険者の若い男が、ルシウスのお城を踏み潰した。


「こんなとこに余計なもん作ってんじゃねえよ、クソガキ。通行の邪魔だあ!」
「やだー意地悪しちゃダメようー」


 しかも女連れ。
 朝帰りの上に女連れでイキっている。


「………………」

 ルシウスは無言で再び城を作り直していく。振りをした。

 だが、男はその城に向けてまた足を振り上げ、蹴り飛ば……そうとしてできなかった。

 砂の城に突っ込んだサンダルごと、足が砂の中にめり込んだまま引き抜けなくなる。


「な、何だこれッ!?」

「悪いことする大人にバチが当たったんじゃない?」

「ええっ、ちょっとーどうするのよー」


 砂の中に魔力で作る樹脂の粒子を仕込んで、砂の城を崩される前に男の足を固定したのだ。

 そのままルシウスは砂から腰を上げて冒険者ギルドへ戻ることにした。

 男は砂に足を取られて動けないまま。
 連れていた女はどうにもならないと見るや、「やだーなんなのもうー」と言ってそのまま一人で逃げていった。
 ざまあみろ。


「ふふん。この辺りは満潮になると結構上のところまで海水が来るよ」
「なにぃッ!?」


 男はルシウスより後にココ村支部へやって来た者だ。
 まだ現地の詳しい情報を把握しきっていない。


「その前にお魚さんモンスターが来ちゃうかも」

「ち、ちょっと待て!」

「さーて、朝ごはん食べにもーどろっと」



 その日の朝食は、玉子サラダのサンドイッチと、深緑色の海藻入りチキンスープだった。
 ワカメというこの海藻、初めて食べるが歯ごたえが良くてなかなかのお味。

 満足するまで食べて、けぷっと可愛らしいゲップをして食後のお茶を楽しんでいると。

 外の見張り番が、海からの魔物の襲来を告げに食堂へ駆け込んできた。


「魚だ、今日も魚が来たぞー!」


「……いいねえ。腹ごなしにちょうどいいタイミング」

 食堂の窓から海岸を見ると、ルシウスに意地悪した男はまだ海近くの場所で足を取られたまま右往左往している。

 海のまだ遠いところに大きな魚影が数体。


「ふふ。お魚さんが来るまであとちょっと」


 あの若い男、冒険者だから散歩に出るときも武器は持っていたようだが、動けないとなると武器はあってもどうだろう?