それからココ村支部は危険が去ったが、工作員の飯マズ男が逃亡したまま。
 男はすべての冒険者ギルドで全世界に指名手配されることになった。

 アケロニア王国の王族の皆さんの策略でココ村に派遣されていたルシウスは、今後どうすればいいのか故郷に一度、ギルド側から問い合わせてもらった。

 すると往復一日で届く飛竜便で届いたお手紙が、何と。


『我が弟ルシウスよ。お前もリースト伯爵家の男子ならば、すべて解決するまで戻ってくるな。中途半端なままの帰郷は認めない』


 故郷から届いたお手紙は、便箋一枚に短く書かれた一通のみ。

 差出人は『カイル・リースト』。
 そう、ルシウスの大好きな、あのお兄ちゃんである!

「え、これって、つまり」
「飯マズ男を滅殺してこい。そう言うんだね、兄さん……!」

 もうこれでルシウスは大変なことになった。
 気合いが入って気合いが入って、全身からネオンブルーの魔力が吹き出している。

 そればかりか魔力の周りがキラキラと光り輝いて、ただでさえ麗しいルシウスが神々しかった。
 ルシウスの聖者の芳香の、松葉や松脂に似た濃密な森の香りも辺りに満ちた。

 昨日までのしょんぼりどんよりしていた雰囲気は一気に消し飛んだ。

 そして、溢れ出していた膨大な魔力がパッと消えて、ルシウスの腰回りに強く光り輝く(リンク)が出現する。

「あれ?」

 いつもならすぐ消えてしまうルシウスの(リンク)が、ずーっと出っぱなしである。

「そのお手紙の人への想い、よほど強いのね。普通なら執着になるのでしょうけど、突き抜けちゃったのね」

 ルシウスの強く光り輝いている(リンク)を突っついて、聖女のロータスが満足げに笑っていた。



 ルシウスに送られてきた手紙の内容を見せてもらったギルマスのカラドンは、ココ村支部発の指名依頼をルシウスに託した。

「ミルズ王国の工作員ケンを捕獲せよ。捕獲の際の生死を問わない」
「ラジャー!」

 ルシウスは依頼を受けて、ココ村支部を出て飯マズ男を追うことにした。
 単独でも良かったが、故郷やここココ村しか知らないルシウスには、円環大陸の各地での土地勘がない。

「そこは私たちがフォローしよう。各地に私たちの仲間もいるしね。彼らに協力を求めれば、人探しも楽になるはずさ」

 魔術師のフリーダヤが申し出て、聖女のロータスも加えた3人パーティーを結成することになった。

「あたしも行きたいけど、ごめんねえルシウス君。行方不明中の友達がカーナ王国にいるみたいだから、あたしはまだココ村支部にいるわ」

 師匠のフリーダヤやロータスが来たことで、彼らの探索スキルの協力を得て、ようやくハスミンの友人探しにも端緒が開けてきたそうだ。

 カーナ王国は、ココ村海岸の対岸にある小国だ。
 元を辿れば、ココ村海岸や間の海に魔物が出没する遠因ともなっている、魔物の多い国でもあった。

「代わりにケンの居場所を占ってあげる」

 飯マズ男のことだ。

 ハスミンは出立する準備を整えるようルシウスに言って、終わったらギルドの外の砂浜に来るよう促した。



 何だなんだと冒険者たちも集まる中、魔法使いの杖をさくっと砂浜の中にハスミンが突き立てる。

「来たわね。行くわよー。……西に東に北南、西に東に北南。汝の探す男ケンの行方を示せ」

 短く文言を唱えた後で、杖から手を離した。
 すると軽く砂地に刺していただけの杖は、ぱたりと倒れた。
 海のほうではなく、内陸方面を。

「この方角は……?」
「やはりミルズ王国か。古巣に戻ったみたいですね」

 飯マズ男はココ村のあるゼクセリア共和国と同じ、円環大陸の南西部にある小国だ。
 政情不安で崩壊寸前と言われていた。

「杖から出ている細い光がわかる? この光を辿ってさあ出発して。途中で馬や馬車を調達してもいいけど」
「ミルズ王国なら知っている場所があるわ。空間転移が早い」

 ハスミンの言葉を受けて、聖女のロータスが足元に(リンク)を出した。
 片手にルシウスの手を、もう片方の手にはフリーダヤのローブの裾を掴んだ。

「じゃあ行ってきます!」

 満面の笑顔のルシウスと、伝説級魔力使いの二人が空間転移で消えていく。

 その寸前。

「坊主、弁当だよ! 焼き鳥弁当だ、旅先で食ってくれ!」

 慌てて食堂横から出てきた料理人のオヤジさんが、3人分の弁当の包みを投げた。
 消えかかっていたルシウスは危なげなく受け止めて、そして完全に砂浜から消えたのだった。

 オヤジさんだいすき、と子供の声が聞こえた気がした。

「あ、ヤベ。実家に手紙の返事、書かせる前に出立させちまった」

 髭面ギルマスのカラドンが頭を掻いた。

「仕方ねえ、俺が代わりに書くかあ〜」

 それが8月も終わりの下旬のこと。

 明るく賑やかだった聖剣使いの少年魔法剣士も、何かとお騒がせだった魔術師と聖女もいなくなったココ村支部は、また穏やかな過疎ギルドへと逆戻りしたのだった。