「くそっ、絶対有り得ないんだから!」
ギルマスのカラドンから、あの飯マズ男が消えたと聞いてルシウスは大慌てだ。
男を魔法樹脂に封印したのはルシウスなのだ。
しかもルシウスは、今ではポピュラーな術式となっているが、魔法樹脂の開発者一族の直系である。
自分が人類の古代種ハイヒューマンであることを抜きにしても、そう簡単に解けるような甘い術の掛け方などしていないはずだった。
食堂入口のカラドンの横をすり抜けて、三階のギルマスの執務室へ飛び込むように駆け込んだ。
机の脇に立てかけてあったはずの飯マズ男を封印した魔法樹脂の柱が、確かに消失していた。
部屋の中をくまなく探したが、やはりない。いない。
「フリーダヤ。探索スキルを」
「了解」
ルシウスの後を追いかけてきた聖女のロータスが、パートナーのフリーダヤに指示した。
飯マズ男を置いてあった辺りの床に、何やら水滴がいくつか飛んでいる。
「これは……あの男の唾液か。しまった、やられたな」
邪気や邪悪な魔力のこもった唾液を、聖水を染み込ませた布で拭き取り清掃してから、現場から読み取った情報を魔術師のフリーダヤが説明したところによると。
「自白させるために何度も頭部だけ魔法樹脂を解いてしまったのが良くなかったみたいだ。あの男、再び魔法樹脂に全身を封じ込められる前に口の中に唾液を溜めて、その中に魔力を溜め込んでいたんだろう」
床に飛び散っていた水滴は、そのとき用いた唾液なわけだ。
「嘘、嘘、そんなことぐらいで僕の魔法樹脂からどうやって抜け出せたっていうの!?」
「うーん……」
少し考えて、フリーダヤは自分の頭部の周りに細い光の環を出し、その表面に指先で触れた。
「現場の状況からすると、口の中の唾液に溜めた魔力を媒介として魔法樹脂の中でも意識を保ち続けていたんじゃないかな」
「最終的に周囲に人の気配がなくなったときを見計らって魔法樹脂を破壊することに成功した。そういうことね」
「そんなあ……」
魔法樹脂は中に封入した時間経過を完全に止める術式だ。
人間なら意識も内部で完全に停止するはずなのに。
しばらくして、ギルド周辺の探索に出ていた冒険者たちが、砕けた魔法樹脂の塊を回収してきた。
どうやら飯マズ男は魔法樹脂から足が付くのを恐れて、ギルマスの執務室から魔法樹脂ごと逃亡し、外で完全に脱ぎ捨てたということらしい。
「……くそ、これ僕が作った魔法樹脂だ。確かに中から崩壊している」
実検しながら悔しげにルシウスが呟いた。
「あの男、そんなに魔力が強いようには見えなかったのに」
「そこが邪悪な魔力の怖いところね。物事を破滅させる力は強いわよ」
「おのれ飯マズ男ー!!!」
ネオンブルーの魔力を全身から吹き出し、青銀の髪を逆立ててルシウスは激怒した。
人生でこんなに怒ったことはない、というぐらいの激おこだった。
「リースト伯爵家の名にかけて、次に見つけたら速攻でトドメ刺してやるんだからー!!!」
冒険者ギルドの建物が、ルシウスの魔力でみしみしと軋んでいる。
周りが必死に宥めるがルシウスの怒りは収まらない。
最終的に、食堂の料理人のオヤジさんから甘くてキンキンに冷えたレモネードを飲まされてようやく落ち着いたほどで。
こうして、6月から8月までの3ヶ月間に渡ってココ村支部に常駐してお魚さんモンスターと戦い続けてきたルシウスの活躍は、見事に台無しになったわけである。
翌日、冒険者ギルドの本部から護送用の馬車に乗ってやってきた担当者は、護送するはずの犯人が逃亡したと聞いて渋い顔になった。
「ココ村支部のギルドマスター、カラドン。早急に報告書を提出するように」
ギルマスのカラドンは管理責任を問われてペナルティが課されたようだが、ルシウスたち冒険者に明らかにされることはなかった。
恐らくは減給やそれに類する処分が下されたものと思われる。
だが、さすがに他国の工作員を一冒険者ギルドだけで対処するのは難しいと、本部でも判断されたことは幸いだった。
その後、逃亡した飯マズ男の手配書が円環大陸全土の全冒険者ギルドに掲示されることになったのだ。
これで、ココ村支部だけにかかっていた負担はぐっと減る。
そして、予算や人員を出し渋っていたココ村のあるゼクセリア共和国もさすがに重い腰を上げた。
今後は国の首脳部も、他国からの国家転覆を狙う工作員対策に動くことになる。
もう、脚の生えたお魚さんモンスターがココ村海岸に上がってくることはない。
漁船を襲う海の魔物が海中や海上だけに出没する、以前通りのココ村海岸に戻ったのだ。
以前通りなら、職員の数が少なくても、ココ村支部は普通に回る。
またすぐに、海辺のバカンス目当ての冒険者たちが戻ってくるだろうし、ココ村海岸の宿屋や民宿、海の家に飲食店なども営業を再開するはずだ。
「……僕はいつになったらおうちに帰れるの?」
食堂の端っこでしょんぼりしているルシウスは、もうすっかりやる気を失ってしまっている。
「坊主、暇ならスイカ割りでもやるかい?」
と近所の農家が朝イチで持ってきてくれた大玉のスイカを料理人のオヤジさんが指差したのだが。
「やりません」
ぷいっと顔を背けてしまった。
つれないルシウスの態度に、オヤジさんは苦笑している。
不貞腐れてしまったルシウスは、大好きだったお砂遊びも、安全になった海での海水浴にも興味が薄れてしまったようだ。
「とりあえず現状をアケロニア王国とお前さんの実家に報告して返事待ちだ。王様とパパから手紙が来るまで待っててな」
「そうそう。もしかしたら、パパが迎えに来てくれるかもしれないわよ?」
ギルマスのカラドンと女魔法使いのハスミンが宥めてくる。
そしてアケロニア王国からの手紙は2日後にココ村支部へと飛龍便で届いた。
ギルマスのカラドンから、あの飯マズ男が消えたと聞いてルシウスは大慌てだ。
男を魔法樹脂に封印したのはルシウスなのだ。
しかもルシウスは、今ではポピュラーな術式となっているが、魔法樹脂の開発者一族の直系である。
自分が人類の古代種ハイヒューマンであることを抜きにしても、そう簡単に解けるような甘い術の掛け方などしていないはずだった。
食堂入口のカラドンの横をすり抜けて、三階のギルマスの執務室へ飛び込むように駆け込んだ。
机の脇に立てかけてあったはずの飯マズ男を封印した魔法樹脂の柱が、確かに消失していた。
部屋の中をくまなく探したが、やはりない。いない。
「フリーダヤ。探索スキルを」
「了解」
ルシウスの後を追いかけてきた聖女のロータスが、パートナーのフリーダヤに指示した。
飯マズ男を置いてあった辺りの床に、何やら水滴がいくつか飛んでいる。
「これは……あの男の唾液か。しまった、やられたな」
邪気や邪悪な魔力のこもった唾液を、聖水を染み込ませた布で拭き取り清掃してから、現場から読み取った情報を魔術師のフリーダヤが説明したところによると。
「自白させるために何度も頭部だけ魔法樹脂を解いてしまったのが良くなかったみたいだ。あの男、再び魔法樹脂に全身を封じ込められる前に口の中に唾液を溜めて、その中に魔力を溜め込んでいたんだろう」
床に飛び散っていた水滴は、そのとき用いた唾液なわけだ。
「嘘、嘘、そんなことぐらいで僕の魔法樹脂からどうやって抜け出せたっていうの!?」
「うーん……」
少し考えて、フリーダヤは自分の頭部の周りに細い光の環を出し、その表面に指先で触れた。
「現場の状況からすると、口の中の唾液に溜めた魔力を媒介として魔法樹脂の中でも意識を保ち続けていたんじゃないかな」
「最終的に周囲に人の気配がなくなったときを見計らって魔法樹脂を破壊することに成功した。そういうことね」
「そんなあ……」
魔法樹脂は中に封入した時間経過を完全に止める術式だ。
人間なら意識も内部で完全に停止するはずなのに。
しばらくして、ギルド周辺の探索に出ていた冒険者たちが、砕けた魔法樹脂の塊を回収してきた。
どうやら飯マズ男は魔法樹脂から足が付くのを恐れて、ギルマスの執務室から魔法樹脂ごと逃亡し、外で完全に脱ぎ捨てたということらしい。
「……くそ、これ僕が作った魔法樹脂だ。確かに中から崩壊している」
実検しながら悔しげにルシウスが呟いた。
「あの男、そんなに魔力が強いようには見えなかったのに」
「そこが邪悪な魔力の怖いところね。物事を破滅させる力は強いわよ」
「おのれ飯マズ男ー!!!」
ネオンブルーの魔力を全身から吹き出し、青銀の髪を逆立ててルシウスは激怒した。
人生でこんなに怒ったことはない、というぐらいの激おこだった。
「リースト伯爵家の名にかけて、次に見つけたら速攻でトドメ刺してやるんだからー!!!」
冒険者ギルドの建物が、ルシウスの魔力でみしみしと軋んでいる。
周りが必死に宥めるがルシウスの怒りは収まらない。
最終的に、食堂の料理人のオヤジさんから甘くてキンキンに冷えたレモネードを飲まされてようやく落ち着いたほどで。
こうして、6月から8月までの3ヶ月間に渡ってココ村支部に常駐してお魚さんモンスターと戦い続けてきたルシウスの活躍は、見事に台無しになったわけである。
翌日、冒険者ギルドの本部から護送用の馬車に乗ってやってきた担当者は、護送するはずの犯人が逃亡したと聞いて渋い顔になった。
「ココ村支部のギルドマスター、カラドン。早急に報告書を提出するように」
ギルマスのカラドンは管理責任を問われてペナルティが課されたようだが、ルシウスたち冒険者に明らかにされることはなかった。
恐らくは減給やそれに類する処分が下されたものと思われる。
だが、さすがに他国の工作員を一冒険者ギルドだけで対処するのは難しいと、本部でも判断されたことは幸いだった。
その後、逃亡した飯マズ男の手配書が円環大陸全土の全冒険者ギルドに掲示されることになったのだ。
これで、ココ村支部だけにかかっていた負担はぐっと減る。
そして、予算や人員を出し渋っていたココ村のあるゼクセリア共和国もさすがに重い腰を上げた。
今後は国の首脳部も、他国からの国家転覆を狙う工作員対策に動くことになる。
もう、脚の生えたお魚さんモンスターがココ村海岸に上がってくることはない。
漁船を襲う海の魔物が海中や海上だけに出没する、以前通りのココ村海岸に戻ったのだ。
以前通りなら、職員の数が少なくても、ココ村支部は普通に回る。
またすぐに、海辺のバカンス目当ての冒険者たちが戻ってくるだろうし、ココ村海岸の宿屋や民宿、海の家に飲食店なども営業を再開するはずだ。
「……僕はいつになったらおうちに帰れるの?」
食堂の端っこでしょんぼりしているルシウスは、もうすっかりやる気を失ってしまっている。
「坊主、暇ならスイカ割りでもやるかい?」
と近所の農家が朝イチで持ってきてくれた大玉のスイカを料理人のオヤジさんが指差したのだが。
「やりません」
ぷいっと顔を背けてしまった。
つれないルシウスの態度に、オヤジさんは苦笑している。
不貞腐れてしまったルシウスは、大好きだったお砂遊びも、安全になった海での海水浴にも興味が薄れてしまったようだ。
「とりあえず現状をアケロニア王国とお前さんの実家に報告して返事待ちだ。王様とパパから手紙が来るまで待っててな」
「そうそう。もしかしたら、パパが迎えに来てくれるかもしれないわよ?」
ギルマスのカラドンと女魔法使いのハスミンが宥めてくる。
そしてアケロニア王国からの手紙は2日後にココ村支部へと飛龍便で届いた。