「あの手の異常者の対処は、やり方だけなら簡単なんだ。大抵はものすごい我が強くて自尊心の塊だから、煽って自滅するよう持っていけばいい。ただし……」
「強い悪影響を及ぼす者ほど力が強いから、戦いは長期化しやすいわ。その間ずっと関わることになるから、こちらも消耗しやすい。最後まで倒しきるには戦略が必要ね」
フリーダヤとロータスの説明に、「確かにな……」と髭面ギルマスのカラドンがご自慢の顎髭に手を当てて考え込んでいる。
「ケンのやらかした被害の範囲は相当なもんだ。あいつが成り代わった元々の臨時料理人も結局殺害されてたことが判明してな……」
そう、そもそも飯マズ男をなぜ、ここココ村支部が食堂の臨時料理人として雇ったかの問題があった。
あの男を雇用したのはカラドン以前のギルマスなのだが、前任者に問い合わせしたことでようやく、飯マズ男が本来の臨時料理人と入れ替わっていたことが判明したばかりだった。
飯マズ男がココ村支部の食堂で、料理人のオヤジさんの代打で臨時料理人になったのは、カラドンやシルヴィス、クレアといった冒険者ギルドの責任者や職員が新たに赴任するタイミングの少し前のことになる。
前任者たちがいなくなる隙を狙って元々の臨時料理人と入れ替わったことで、他の職員や冒険者たちに怪しまれることなくココ村支部に潜入してきたわけだ。
これには料理人のオヤジさんも青ざめていた。
「お、俺がもっと早く厨房から察知した異変をギルマスに伝えていればよかったんだな……」
「いや、あの飯マズ自体がもうおかしかった。そこはギルドマスターの俺の責任だ」
飯マズ男が入れ替わった元の料理人は町の食堂の料理人で、現在は行方不明になっている。
拘束後、飯マズ男に自白を幾度か繰り返させたところ、殺害して沖合に捨てたと供述が取れている。
そちらへの対応もカラドンにとっては頭の痛いところだった。
「まあ、あの手の攻撃的でおかしな人間がいたら、関わらずにすぐ離れるのが第一。でも向こうから突っかかってくるようなら、逆に潰し返せばものすごく魔力が上がるんだよね。下手な魔物を倒すより、よっぽど効率がいい」
「「「!???」」」
とんでもないことをフリーダヤが言い出した。
「本当よ。ある種のモンスターだと思えばわかりやすいでしょ」
聖女のロータスも同意した。
「実際、異常者と化したハスミンを押さえつけて下した彼女の姉は、“時を壊す”を実現したわ。魔力使いとして莫大な力を得て覚醒したわけ」
「時を壊すって、不老不死になるっていうあれ?」
「正確には、寿命の消失ね。加齢による魔力の消耗がなくなるの」
実際、800年近く、あるいはそれ以上長い年月を生き続けているのが、いまここにいる魔術師フリーダヤと聖女ロータスなわけで。
それから数日様子を見たところ、ついにココ村海岸の砂浜に二の脚が生えた巨大なお魚さんモンスターが来襲することはなかった。
飯マズ男への尋問で、お魚さんモンスターは海の中に設置した邪悪な黒い魔石を、手元の魔石でコントロールすることで発生させていたことが判明している。
海の中に潜水するための術が使える魔術師のフリーダヤが中心となって、海底に残っていた魔石を回収していくことになった。
地元の漁師たちに協力を要請して船を出してもらい、冒険者たちで手分けして海底に降りてひとつひとつ回収していく。
魔石を素手で触ってしまうと邪悪な魔力に汚染されてしまう。
魔法樹脂で魔力を遮断できるルシウスと、聖女のロータスが冒険者たちに付いて、魔石を発見した側から封入していった。
海底以外にも邪悪な魔力の痕跡がココ村海岸に残っていた。
調べてみると、近隣に生息する動物や魔物、魔獣の死体が海岸線に沿って満ち潮でも波が来ないところギリギリの深いところに何十ヶ所にも渡って埋められていた。
あの綿毛竜の幼生の翼をむしって生贄にしたようなことを、多数行っていたわけだ。
「くそ、ケンの野郎。惨いことしやがる」
ギルマスのカラドンが毒づいた。
どの遺骸も乾燥してミイラ化していたが、苦悶の表情を浮かべているものが大半だ。
腕や脚の骨を折ったり、酷いものだと切断して身動き取れなくなった状態で砂の中に生き埋めにされて、そのまま生き絶えたものと思われる。
ルシウスが助けた綿毛竜の仔竜も運が悪ければこれらと同じ末路を迎えていたのだろう。
「すごい邪気。きもちわるい……」
生きながら砂に埋められ死んでいった魔物たちの苦しみや怨念が、埋められた場所に濃厚に漂っている。
「このままだと、この邪気に引き寄せられて新しい魔物が押し寄せてくるわね」
「かわいそうだけど、まとめて薙ぎ払って浄化します!」
ルシウスが両手の中に魔法樹脂の両刃剣を作り出した。
同時に腰回りに光の円環、環が出現する。
剣はすぐに白い光を放ち、ルシウスのネオンブルーの魔力を帯びる。
聖剣だ。聖槍や聖杖と同じで、聖なる魔力を帯びた武器や装備は基本、浄化のための道具である。
「あれ。なんか剣の感じが変わった?」
陽光燦々と降り注ぐ浜辺でも光り輝いていた金剛石ダイヤモンドの聖剣の聖なる光が、いつもより数十倍増しで輝いていて眩しい。
「る、ルシウス。それ、アダマンタイトじゃないか!」
「へ?」
いつも飄々とした感じのフリーダヤがびっくりした顔で聖剣を指差している。
アダマンタイト、即ちダイヤモンドの上位鉱物だ。
この世界でアダマンタイトは究極の浄化作用を持つレア中のレア鉱物である。
「あなたの環と連動してるわね。聖者に覚醒して環を通して、世界があなたに新しい力を授けたのよ」
「ふーん。これがアダマンタイトかあ」
見た感じ、ルシウス本人には聖者云々の自覚は薄いようだった。
それでもルシウスの出身のリースト一族は古代に、強すぎて有り余る魔力を魔法樹脂の武器に加工して、そこから今度は金剛石ダイヤモンドに性質転換したものを魔法剣として血筋に受け継いできている。
だが、強い魔力持ちとして、更なる高みを目指すことは忘れなかった。
強大な魔力をもってなお果たせなかった、ダイヤモンドの上位鉱物アダマンタイトに武器を進化させるという悲願が一族には代々伝えられてきている。
「まあ普通に使えるなら問題なし! よし! じゃあ行きますよー!」
アダマンタイトに進化した聖剣を、小柄な身体で大きく振りかぶった。
そしてココ村海岸から対岸のカーナ王国までの海を、聖なる魔力の奔流で一気に浄化していく。
ココ村海岸と海中に飯マズ男が仕掛けた邪悪な結界を、聖剣でまとめて破壊し、漂う邪気ごと強い浄化力で焼き尽くした。
超広範囲攻撃だ。
他の冒険者達もルシウスの実力はとっくにわかっていたが、一瞬だけとはいえ海を割った聖剣の威力には腰を抜かしそうだった。
「うん。これで更に様子見て、お魚さんモンスターが完全に出なくなればおしまい!」
達成感でいっぱいのルシウスが胸を張って海に向かって立っている。
後には濃厚な松葉や松脂のような香りが、ルシウスのネオンブルーの魔力と一緒に漂っていた。
「何という火力……」
「しかもこの香り。聖者の芳香ね。ここまで顕著な瑞兆が出るとは」
聖者の芳香は、聖なる魔力の持ち主に発生する聖なる現象のひとつだ。
人によって香りの種類が違う。
聖女のロータスは名前と同じ蓮の花の甘く神秘的な香りだが、ルシウスは松の樹木に似た香りが出るらしい。
ルシウスが聖剣を振るうのを後ろから見学していた伝説級魔力使いのフリーダヤとロータスは頷き合った。
「この子、このままにしておくと危ないわ。やっぱりきっちり鍛えましょ」
本人はここに至っても環や聖者の使命感への認識が薄いようだが、必要最低限の心得だけでも教え込まないと、悪意ある他者に利用されかねなかった。
幸いココ村支部は気の良い人物が集まっている。
食堂のごはんも美味しいし、申し分ない環境の今がチャンスだ。
「強い悪影響を及ぼす者ほど力が強いから、戦いは長期化しやすいわ。その間ずっと関わることになるから、こちらも消耗しやすい。最後まで倒しきるには戦略が必要ね」
フリーダヤとロータスの説明に、「確かにな……」と髭面ギルマスのカラドンがご自慢の顎髭に手を当てて考え込んでいる。
「ケンのやらかした被害の範囲は相当なもんだ。あいつが成り代わった元々の臨時料理人も結局殺害されてたことが判明してな……」
そう、そもそも飯マズ男をなぜ、ここココ村支部が食堂の臨時料理人として雇ったかの問題があった。
あの男を雇用したのはカラドン以前のギルマスなのだが、前任者に問い合わせしたことでようやく、飯マズ男が本来の臨時料理人と入れ替わっていたことが判明したばかりだった。
飯マズ男がココ村支部の食堂で、料理人のオヤジさんの代打で臨時料理人になったのは、カラドンやシルヴィス、クレアといった冒険者ギルドの責任者や職員が新たに赴任するタイミングの少し前のことになる。
前任者たちがいなくなる隙を狙って元々の臨時料理人と入れ替わったことで、他の職員や冒険者たちに怪しまれることなくココ村支部に潜入してきたわけだ。
これには料理人のオヤジさんも青ざめていた。
「お、俺がもっと早く厨房から察知した異変をギルマスに伝えていればよかったんだな……」
「いや、あの飯マズ自体がもうおかしかった。そこはギルドマスターの俺の責任だ」
飯マズ男が入れ替わった元の料理人は町の食堂の料理人で、現在は行方不明になっている。
拘束後、飯マズ男に自白を幾度か繰り返させたところ、殺害して沖合に捨てたと供述が取れている。
そちらへの対応もカラドンにとっては頭の痛いところだった。
「まあ、あの手の攻撃的でおかしな人間がいたら、関わらずにすぐ離れるのが第一。でも向こうから突っかかってくるようなら、逆に潰し返せばものすごく魔力が上がるんだよね。下手な魔物を倒すより、よっぽど効率がいい」
「「「!???」」」
とんでもないことをフリーダヤが言い出した。
「本当よ。ある種のモンスターだと思えばわかりやすいでしょ」
聖女のロータスも同意した。
「実際、異常者と化したハスミンを押さえつけて下した彼女の姉は、“時を壊す”を実現したわ。魔力使いとして莫大な力を得て覚醒したわけ」
「時を壊すって、不老不死になるっていうあれ?」
「正確には、寿命の消失ね。加齢による魔力の消耗がなくなるの」
実際、800年近く、あるいはそれ以上長い年月を生き続けているのが、いまここにいる魔術師フリーダヤと聖女ロータスなわけで。
それから数日様子を見たところ、ついにココ村海岸の砂浜に二の脚が生えた巨大なお魚さんモンスターが来襲することはなかった。
飯マズ男への尋問で、お魚さんモンスターは海の中に設置した邪悪な黒い魔石を、手元の魔石でコントロールすることで発生させていたことが判明している。
海の中に潜水するための術が使える魔術師のフリーダヤが中心となって、海底に残っていた魔石を回収していくことになった。
地元の漁師たちに協力を要請して船を出してもらい、冒険者たちで手分けして海底に降りてひとつひとつ回収していく。
魔石を素手で触ってしまうと邪悪な魔力に汚染されてしまう。
魔法樹脂で魔力を遮断できるルシウスと、聖女のロータスが冒険者たちに付いて、魔石を発見した側から封入していった。
海底以外にも邪悪な魔力の痕跡がココ村海岸に残っていた。
調べてみると、近隣に生息する動物や魔物、魔獣の死体が海岸線に沿って満ち潮でも波が来ないところギリギリの深いところに何十ヶ所にも渡って埋められていた。
あの綿毛竜の幼生の翼をむしって生贄にしたようなことを、多数行っていたわけだ。
「くそ、ケンの野郎。惨いことしやがる」
ギルマスのカラドンが毒づいた。
どの遺骸も乾燥してミイラ化していたが、苦悶の表情を浮かべているものが大半だ。
腕や脚の骨を折ったり、酷いものだと切断して身動き取れなくなった状態で砂の中に生き埋めにされて、そのまま生き絶えたものと思われる。
ルシウスが助けた綿毛竜の仔竜も運が悪ければこれらと同じ末路を迎えていたのだろう。
「すごい邪気。きもちわるい……」
生きながら砂に埋められ死んでいった魔物たちの苦しみや怨念が、埋められた場所に濃厚に漂っている。
「このままだと、この邪気に引き寄せられて新しい魔物が押し寄せてくるわね」
「かわいそうだけど、まとめて薙ぎ払って浄化します!」
ルシウスが両手の中に魔法樹脂の両刃剣を作り出した。
同時に腰回りに光の円環、環が出現する。
剣はすぐに白い光を放ち、ルシウスのネオンブルーの魔力を帯びる。
聖剣だ。聖槍や聖杖と同じで、聖なる魔力を帯びた武器や装備は基本、浄化のための道具である。
「あれ。なんか剣の感じが変わった?」
陽光燦々と降り注ぐ浜辺でも光り輝いていた金剛石ダイヤモンドの聖剣の聖なる光が、いつもより数十倍増しで輝いていて眩しい。
「る、ルシウス。それ、アダマンタイトじゃないか!」
「へ?」
いつも飄々とした感じのフリーダヤがびっくりした顔で聖剣を指差している。
アダマンタイト、即ちダイヤモンドの上位鉱物だ。
この世界でアダマンタイトは究極の浄化作用を持つレア中のレア鉱物である。
「あなたの環と連動してるわね。聖者に覚醒して環を通して、世界があなたに新しい力を授けたのよ」
「ふーん。これがアダマンタイトかあ」
見た感じ、ルシウス本人には聖者云々の自覚は薄いようだった。
それでもルシウスの出身のリースト一族は古代に、強すぎて有り余る魔力を魔法樹脂の武器に加工して、そこから今度は金剛石ダイヤモンドに性質転換したものを魔法剣として血筋に受け継いできている。
だが、強い魔力持ちとして、更なる高みを目指すことは忘れなかった。
強大な魔力をもってなお果たせなかった、ダイヤモンドの上位鉱物アダマンタイトに武器を進化させるという悲願が一族には代々伝えられてきている。
「まあ普通に使えるなら問題なし! よし! じゃあ行きますよー!」
アダマンタイトに進化した聖剣を、小柄な身体で大きく振りかぶった。
そしてココ村海岸から対岸のカーナ王国までの海を、聖なる魔力の奔流で一気に浄化していく。
ココ村海岸と海中に飯マズ男が仕掛けた邪悪な結界を、聖剣でまとめて破壊し、漂う邪気ごと強い浄化力で焼き尽くした。
超広範囲攻撃だ。
他の冒険者達もルシウスの実力はとっくにわかっていたが、一瞬だけとはいえ海を割った聖剣の威力には腰を抜かしそうだった。
「うん。これで更に様子見て、お魚さんモンスターが完全に出なくなればおしまい!」
達成感でいっぱいのルシウスが胸を張って海に向かって立っている。
後には濃厚な松葉や松脂のような香りが、ルシウスのネオンブルーの魔力と一緒に漂っていた。
「何という火力……」
「しかもこの香り。聖者の芳香ね。ここまで顕著な瑞兆が出るとは」
聖者の芳香は、聖なる魔力の持ち主に発生する聖なる現象のひとつだ。
人によって香りの種類が違う。
聖女のロータスは名前と同じ蓮の花の甘く神秘的な香りだが、ルシウスは松の樹木に似た香りが出るらしい。
ルシウスが聖剣を振るうのを後ろから見学していた伝説級魔力使いのフリーダヤとロータスは頷き合った。
「この子、このままにしておくと危ないわ。やっぱりきっちり鍛えましょ」
本人はここに至っても環や聖者の使命感への認識が薄いようだが、必要最低限の心得だけでも教え込まないと、悪意ある他者に利用されかねなかった。
幸いココ村支部は気の良い人物が集まっている。
食堂のごはんも美味しいし、申し分ない環境の今がチャンスだ。