その日の午後はもう、故郷の学園からの課題の勉強もそっちのけで、オヤジさん秘伝の分厚いレシピ帳を写していたルシウスだ。
お魚さんモンスター発生原因だった飯マズ男も拘束済みなので、予想通り魔物の来襲がゼロだったのも良かった。
「坊主がいなくなっちまったら、ここココ村支部も寂しくなるねえ」
脅威の集中力でレシピ帳を写しまくるルシウスに、ヨーグルトっぽい甘酸っぱいジュースを出してくれながら、オヤジさんが溜め息をついていた。
「僕はオヤジさんと離れるのが寂しいよ……。オヤジさん、アケロニア王国に来ない? リースト伯爵家の料理人になってくれるなら大歓迎だよ!」
「ダメー! オヤジさんがいなくなったココ村支部なんてもうココ村支部の意味ないから!」
ルシウスの勧誘は、冒険者たちの全力の反対にあってしまった。
「休暇でちょいっと行ける距離じゃないしねえ」
オヤジさんも嘆息している。
ココ村のあるここゼクセリア共和国は円環大陸の南西部にある。
ルシウスの故郷アケロニア王国は北西部だ。
専用の高速馬車でも一週間以上かかる。
すると薄緑色の長髪の魔術師フリーダヤが、何だそんなこと、と近くのテーブルから席を移ってきた。
「なら空間転移術を覚えようか。魔力量からするとゲンジ君は難しいね。ルシウスは問題ない」
「よし、なら環を出しましょう」
す、と聖女のロータスがいつものように指先でルシウスの額を小突こうとしたが、ルシウスはさっと避けた。
「それやー! 自分で出すから結構です!」
ロータスはルシウスの額を突くたびに、衝撃と同時に莫大な魔力を流し込んでくる。
魔力はすぐにルシウスの環へと吸収されるのだが、それまでが結構きつい。頭がグラグラする。
何十回と無理やり出させられて来たのだ。感覚は何となく掴めている。
両目を瞑り、両手を握り締めて気合い! 気合い!
「ううん……うー! ……出しました!」
「そんなに気合い入れて出すものでもないんだけどなあ」
呆れたように笑いながらも、フリーダヤが顔を真っ赤にして出したルシウスの環の中に片腕を突っ込む。
「さすがハイヒューマン、空間転移術は問題なく使えるね。大勢を同時に転移させることも可能みたいだ。……悪いことに使っちゃダメだよ。戦争とかさ」
「それ僕がアケロニア王国の貴族だってわかってて言ってるなら侮辱ですからね?」
「あれ、まだアケロニアって戦争しない国?」
「ヴァシレウス様がご存命のうちは絶対やらないと思います。この間はタイアド王国との間でヤバかったけど」
何だか集中力が途切れてしまった。
レシピ帳を返すのはいつでも構わないとオヤジさんが言ってくれたので、ちょうどお茶を飲みに集まってきたギルマスや他の冒険者たちを交えての雑談タイムとなった。
「そういえば、アケロニア王国のヴァシレウス大王って、何で“大王”なんでしたっけ?」
受付嬢のクレアが人数分の紅茶を入れてくれながら首を傾げている。
大王というのは、単純に“王”の上位職なのだが、円環大陸の中央にある神秘の永遠の国が授与する称号でもある。
そして、現在、円環大陸広しといえど、ルシウスの故郷アケロニア王国の先王ヴァシレウスのみが保持する称号だ。
「まあ偉業を讃えての授与なのは間違いないよ」
「そうだね」
と、その永遠の国所属の魔術師のフリーダヤも頷いている。
「彼の場合、確か……うん、現在79歳と高齢だから、長生きの間に延々と業績が積み重なっている。それもある」
「単純に、長い在位期間中、一度も国家間の戦争をやらなかったからですよー。もちろん、小競り合いなんかはいくつかあったみたいだけど」
それでも実際に争いが起きないよう、ヴァシレウス大王が取った手段が洒落ている。
自国や他国で開催される武術大会や魔法や魔術の大会に、自分や臣下が出まくったのだ。
本人は武術大会や武芸大会へ。
宰相や大臣、騎士団長たちはそれぞれの得意技に応じた大会へと。
「ヴァシレウス様、まだ王子だった学生時代に同級生たちとAランク冒険者証明をゲットされてるんです。本当ならSランクにも挑戦したかったけど、当時の王様だったお父上に反対されてAランクのまま」
「王族でAランクって滅多にないよな?」
「その意味でもレアケースなんだよね。強いですよー」
まだ幼かった頃のルシウスが悪戯して叱られる前に逃げようとしたときも、あの巨体と太い腕でがしっと捕まえられて抱っこされてしまう。
いくら幼かったとはいえ、ハイヒューマンで身体能力に優れるルシウスを捕まえて離さないのだから、なかなかのものだ。
ちなみに、ルシウスの父、リースト伯爵メガエリスは剣術大会、兄のカイルも魔法魔術大会に出場してそれぞれ幾つも優勝トロフィーや勲章をゲットしている。
「僕も絶対、兄さんたちと同じ大会に出て優勝するんだー。勲章たっくさん貰っちゃうんだから」
えへへと自分が将来得るだろう栄誉を想像して笑っている。
自分が負けることなど微塵も考えていない。
そんなルシウスの現在の冒険者ランクはA。
そろそろ更に上へランクアップしそうな勢いだった。
もしここココ村支部に常駐している間にSまで上がるなら、歴代最速ランクアップだ。
「つまり、俺たちゃこんなに強いんだぜヘイヘイヘーイ! ってのを見せつけて抑止力にしたわけか」
「その通り! 面白いこと考えるよね」
元々、十代の頃からかなり血の気の多い性格で、策謀大好きな気質だったと言われているヴァシレウス大王だ。
そこをあえて難易度の高いことに挑戦してみたら上手くいったということらしい。
「元から戦争やらないって決めてたらしいけど、在位20周年記念のときにご自分の在位期間中の戦争行為の停止を宣言されて。で、その直後に永遠の国からの使者が来て大王の称号を授与されたわけ」
「戦争しない王の治世なら他国にもあったけど、公式発表まで行ったのは彼だけだったみたいだね」
当時を思い返してフリーダヤが言う。
「でも実際は、険悪だった『タイアド王国以外とは』戦争しない、だったんだろ?」
「ふふふ。多分ね」
それでも70歳の大台に入って退位するまでの50年以上に渡って、小競り合い以上の争いを起こさなかった国がアケロニア王国という国だ。
戦争で疲弊がなかった分だけ国は繁栄を続けている。
お魚さんモンスター発生原因だった飯マズ男も拘束済みなので、予想通り魔物の来襲がゼロだったのも良かった。
「坊主がいなくなっちまったら、ここココ村支部も寂しくなるねえ」
脅威の集中力でレシピ帳を写しまくるルシウスに、ヨーグルトっぽい甘酸っぱいジュースを出してくれながら、オヤジさんが溜め息をついていた。
「僕はオヤジさんと離れるのが寂しいよ……。オヤジさん、アケロニア王国に来ない? リースト伯爵家の料理人になってくれるなら大歓迎だよ!」
「ダメー! オヤジさんがいなくなったココ村支部なんてもうココ村支部の意味ないから!」
ルシウスの勧誘は、冒険者たちの全力の反対にあってしまった。
「休暇でちょいっと行ける距離じゃないしねえ」
オヤジさんも嘆息している。
ココ村のあるここゼクセリア共和国は円環大陸の南西部にある。
ルシウスの故郷アケロニア王国は北西部だ。
専用の高速馬車でも一週間以上かかる。
すると薄緑色の長髪の魔術師フリーダヤが、何だそんなこと、と近くのテーブルから席を移ってきた。
「なら空間転移術を覚えようか。魔力量からするとゲンジ君は難しいね。ルシウスは問題ない」
「よし、なら環を出しましょう」
す、と聖女のロータスがいつものように指先でルシウスの額を小突こうとしたが、ルシウスはさっと避けた。
「それやー! 自分で出すから結構です!」
ロータスはルシウスの額を突くたびに、衝撃と同時に莫大な魔力を流し込んでくる。
魔力はすぐにルシウスの環へと吸収されるのだが、それまでが結構きつい。頭がグラグラする。
何十回と無理やり出させられて来たのだ。感覚は何となく掴めている。
両目を瞑り、両手を握り締めて気合い! 気合い!
「ううん……うー! ……出しました!」
「そんなに気合い入れて出すものでもないんだけどなあ」
呆れたように笑いながらも、フリーダヤが顔を真っ赤にして出したルシウスの環の中に片腕を突っ込む。
「さすがハイヒューマン、空間転移術は問題なく使えるね。大勢を同時に転移させることも可能みたいだ。……悪いことに使っちゃダメだよ。戦争とかさ」
「それ僕がアケロニア王国の貴族だってわかってて言ってるなら侮辱ですからね?」
「あれ、まだアケロニアって戦争しない国?」
「ヴァシレウス様がご存命のうちは絶対やらないと思います。この間はタイアド王国との間でヤバかったけど」
何だか集中力が途切れてしまった。
レシピ帳を返すのはいつでも構わないとオヤジさんが言ってくれたので、ちょうどお茶を飲みに集まってきたギルマスや他の冒険者たちを交えての雑談タイムとなった。
「そういえば、アケロニア王国のヴァシレウス大王って、何で“大王”なんでしたっけ?」
受付嬢のクレアが人数分の紅茶を入れてくれながら首を傾げている。
大王というのは、単純に“王”の上位職なのだが、円環大陸の中央にある神秘の永遠の国が授与する称号でもある。
そして、現在、円環大陸広しといえど、ルシウスの故郷アケロニア王国の先王ヴァシレウスのみが保持する称号だ。
「まあ偉業を讃えての授与なのは間違いないよ」
「そうだね」
と、その永遠の国所属の魔術師のフリーダヤも頷いている。
「彼の場合、確か……うん、現在79歳と高齢だから、長生きの間に延々と業績が積み重なっている。それもある」
「単純に、長い在位期間中、一度も国家間の戦争をやらなかったからですよー。もちろん、小競り合いなんかはいくつかあったみたいだけど」
それでも実際に争いが起きないよう、ヴァシレウス大王が取った手段が洒落ている。
自国や他国で開催される武術大会や魔法や魔術の大会に、自分や臣下が出まくったのだ。
本人は武術大会や武芸大会へ。
宰相や大臣、騎士団長たちはそれぞれの得意技に応じた大会へと。
「ヴァシレウス様、まだ王子だった学生時代に同級生たちとAランク冒険者証明をゲットされてるんです。本当ならSランクにも挑戦したかったけど、当時の王様だったお父上に反対されてAランクのまま」
「王族でAランクって滅多にないよな?」
「その意味でもレアケースなんだよね。強いですよー」
まだ幼かった頃のルシウスが悪戯して叱られる前に逃げようとしたときも、あの巨体と太い腕でがしっと捕まえられて抱っこされてしまう。
いくら幼かったとはいえ、ハイヒューマンで身体能力に優れるルシウスを捕まえて離さないのだから、なかなかのものだ。
ちなみに、ルシウスの父、リースト伯爵メガエリスは剣術大会、兄のカイルも魔法魔術大会に出場してそれぞれ幾つも優勝トロフィーや勲章をゲットしている。
「僕も絶対、兄さんたちと同じ大会に出て優勝するんだー。勲章たっくさん貰っちゃうんだから」
えへへと自分が将来得るだろう栄誉を想像して笑っている。
自分が負けることなど微塵も考えていない。
そんなルシウスの現在の冒険者ランクはA。
そろそろ更に上へランクアップしそうな勢いだった。
もしここココ村支部に常駐している間にSまで上がるなら、歴代最速ランクアップだ。
「つまり、俺たちゃこんなに強いんだぜヘイヘイヘーイ! ってのを見せつけて抑止力にしたわけか」
「その通り! 面白いこと考えるよね」
元々、十代の頃からかなり血の気の多い性格で、策謀大好きな気質だったと言われているヴァシレウス大王だ。
そこをあえて難易度の高いことに挑戦してみたら上手くいったということらしい。
「元から戦争やらないって決めてたらしいけど、在位20周年記念のときにご自分の在位期間中の戦争行為の停止を宣言されて。で、その直後に永遠の国からの使者が来て大王の称号を授与されたわけ」
「戦争しない王の治世なら他国にもあったけど、公式発表まで行ったのは彼だけだったみたいだね」
当時を思い返してフリーダヤが言う。
「でも実際は、険悪だった『タイアド王国以外とは』戦争しない、だったんだろ?」
「ふふふ。多分ね」
それでも70歳の大台に入って退位するまでの50年以上に渡って、小競り合い以上の争いを起こさなかった国がアケロニア王国という国だ。
戦争で疲弊がなかった分だけ国は繁栄を続けている。