ひとまず飯マズ男は魔法樹脂に封じ込めたままの状態でギルマスのカラドン預かりとなった。
 あとは冒険者ギルドの本部から引き取りに来るまで、ギルマスの執務室に安置となる。



「お腹減ったなあ〜」

 飯マズ男の襲撃を予測して警戒態勢のまま一日中過ごしたが、犯人を確保できたのでもうやることはない。

 食堂まで降りていくと、何やらスパイスの複雑な匂いが外の通路まで漂ってきていた。

「あら。今日はカレー?」

 女魔法使いのハスミンが嬉しそうに食堂へ入っていく。
 他の面々のどことなくウキウキした様子だ。

「カレーってなあに?」

 配膳台の料理人のオヤジさんのところに行くと、寸胴鍋を開けて見せてくれた。
 中には黄色味の強い焦茶色の、具入りのどろっとしたスープが入っている。

 むわーとスパイスの香りがものすごい。

「これはカレーっていう、香辛料をふんだんに使った料理でね。夏には最高の料理だよ」
「香辛料……からい?」

 強い辛味の苦手なルシウスはドキドキしたが、試しにとオヤジさんが小皿に一口分よそってくれたスープを舐めて、カッと湖面の水色の目を見開いた。

「初めて食べる味! おいしい!」

 辛いけど、心地よい辛さだ。全然問題なかった。

「今日はもう食材がないから、このカレーと飯だけになっちまうんだけどね。皆には悪いね」

 そう、本来ならあの飯マズ男の担当日だった今日の分の食材は、彼が余計な手を入れたせいで廃棄となってしまっている。
 新しい食材の配達は明日の早朝だ。
 今晩の夕飯分は何とかオヤジさんが厨房に残った食材をかき集め、冒険者たちが釣りや素潜りで獲ってきた釣果によるものだった。

 それでもオヤジさんは生野菜で浅漬けやピクルスも用意してくれていた。
 しかも、本来なら今日は彼の休日なのに、休み返上で厨房に立ってくれたのだ。
 本当に彼には頭が下がる思いである。



 さて、他の面々はカレーを知っているようだが、ルシウスは初体験である。

 オヤジさんが作ってくれたのはカレーライスといって、炊き上げた米飯にカレーをかけて食す料理だった。
 ライスはクミンという小さな種のスパイスとバター少々を入れて炊き上げたものに、薄切りにしたレモンのイチョウ切りを混ぜ込んだ香り高いレモンライス。
 らっきょうの甘酢漬けや、福神漬けという甘辛いピクルスもどきなどはお好みで。

 そこに、ニンジンやじゃがいも、ヤングコーン、ナスやトマトの夏野菜の素揚げ。
 それに海老やホタテなどの貝、イカなどがふんだんに入った、ちょっととろみのあるスープがかけられている。
 見た目だけならビーフシチューにも似ているが、スパイスの色なのか黄色味がかっていて不思議な匂いもする。

「カレーすき。複雑な味でおいしい」

 具沢山で食べ応えがあるところも良い。

 香辛料や唐辛子の入ったカレーは食べると暑くて汗が出てくる。
 だが暑い真夏の炎天下での汗と違って、爽やかな汗だ。
 カレー自体、食べ進めていくと気分が良くなってふわふわした気持ちになってくる。

「カレーもライスもたっぷり用意したから、たくさん召し上がれ」

 とオヤジさんがウインクしながらビシッと親指を立ててくれたので、遠慮なくお代わりしまくった一同だった。
 最悪、今日は夕飯もあの飯マズ男の料理だったわけで、それを考えると地獄から一気に天国まで世界が変わってきた感がある。



「ルシウス君。カレーもお兄さんたちに送ってあげたらどう?」

 と二杯目のカレーライスを皿半分だけ盛って貰いながら、女魔法使いのハスミンが声をかけてきた。
 彼女は普段は少食なほうだが、さすがにオヤジさん特製カレーの誘惑には勝てなかったらしい。

「オヤジさん、カレーって妊婦さんも食べて大丈夫な料理?」
「問題はないと思うね。ただ、坊主みたいに辛いのが苦手な人もいるから、甘口と中辛、二種類作ってみようか」
「お願いします!」

 それで甘口をビーフ、中辛をシーフードの二種類を明日、発送用に調理してくれることになった。