大方の予想通り、この男こそが、他国から送り込まれて、国境のココ村周辺の海や河川に異常なシーフードモンスターを発生させていた張本人で間違いなかった。

 ココ村海岸の対岸にあるカーナ王国は百年に一度、スタンピードと呼ばれる魔物の大侵攻が発生する土地だ。そのため魔物や魔獣が集まりやすいという土地の特性がある。
 しかし自分の国土にしか結界を張らないから、国境の“外”にはその分の魔物や魔獣の被害が増える。

 その状態に、カーナ王国の国境と接する他国はどこもピリピリしている。もちろん、ココ村のあるゼクセリア共和国もだ。
 だからこそ、過疎ギルドでありながらココ村支部は閉鎖もできず、存続の危機に陥りながらも運営を続けていた。

 男はこの状況を利用して、ゼクセリア共和国に魔物を引き込み、侵略の手引きをするためのミルズ王国のスパイだった。

 ミルズ王国はゼクセリア共和国と同じ、円環大陸の南西部にある小国で、南寄りに位置する。
 政情不安で国が荒れ、難民の流出が深刻化している国だった。
 飯マズ男は政争の敗者側の工作員で、亡命予定先のゼクセリア共和国を混乱させ乗っ取るための布石として、ココ村海岸にお魚さんモンスターを出現させていた。

 他のカーナ王国との国境付近は守りが固いため、海沿いで冒険者ギルドひとつしかないここココ村を狙ったということらしい。



「お魚さんたちに脚が生えてたのって、結局どういうことなの?」
「魚の魔物じゃ、基本的に海から出てこれねえからな。陸を歩かせるために脚生やさせたってことだろ」
「……その技術、もっと別のことに生かしたほうがいいと思うけど」

 ごもっともだ。

「ここまでは、ルシウス君のお兄様から頂戴した解析結果にも裏付けられています。『一定以上の魔力量を持つ海の魔物に人間の脚を生えさせる、そういう術式の大掛かりな仕掛けが海岸にある。早急な調査を推奨する』と」
「兄さんが……」

 ルシウスの兄、カイル卿は他にも、出没するお魚さんモンスターの種類からするとココ村海岸と繋がっている他国にまで術式が広がっている可能性を示唆していた。

『既にココ村支部だけでの対処は困難ではないか。政治的判断に委ねる対応を』

 ルシウスの兄は、弟には手紙を書かないのに、ココ村支部のギルマス宛の手紙はしっかり必要事項を毎回記してきていた。



 そして、ココ村支部に冒険者たちが居付かない理由も判明した。

 あの飯マズ男は冒険者たちを少しずつ弱体化する毒を貯水タンクに混ぜていたのだ。
 ルシウスが以前、大量に水を使ったとき怒鳴ってきたのは、本来ならその時間、食堂の飲料水やら夕食用のスープなど調理に使われる分だったかららしい。
 それまでは少しずつ使っていた毒を高濃度で使用し一気にココ村支部を制圧しようとしたときに限って、ルシウスが解体場の掃除に大量に使って、毒が溜まっていたタンクの水を流してしまっていたという。

「あれ、でも僕が来てから、体調不良の人なんて見てないよ?」
「あなたの聖なる魔力が毒を中和してたのよ。それに、あなたの聖剣で倒した海の魔物を常食してたでしょう? それも良かったのよ」

 聖女のロータスが補足してくれた。

 飯マズ男はルシウスが聖なる魔力持ちであることまでは把握していなかったようだ。
 だが、ルシウスがココ村支部に常駐するようになってから、自分が施した術式や毒の効き方が悪くなったことには気づいていた。

「ふーん。だからあんなに僕にだけ態度が悪かったの」
「あなたの料理に入れた唾にも邪悪な魔力を込めていたみたいよ。食べる前に気づけて良かったわね」
「うわあ……」

 そう、こういう出来事があるから、ルシウスの故郷アケロニア王国では鑑定スキル持ちは貴族でも自分や家族の料理は自分たちで自炊することが多い。
 ルシウスのおうちは、家人たちも同じリースト伯爵家の一族が多いのでその手の心配は少ないほうだったけれど。



「それで、この男はどうするんだい?」

 首から下が魔法樹脂に封入されたままの男の胴体部分をフリーダヤが拳で軽く叩いた。
 既に自白魔術は切れていて、男はガックリ意識を失っている。

「冒険者ギルドの本部が数日で引き取りに来てくれるそうなので、それまでココ村支部で拘束することになります」
「なら全身このまま封じ込めておくね。余計な世話するのも面倒だし」

 パキパキパキッとルシウスが頭部も魔法樹脂に封入し直した。
 これで中身の人間は飢えることも渇くこともなく、一切の消耗なく身動きを封じ込めることが可能となる。