さて、まだ子供で寝るのが早いルシウスを始めとしてギルマスたちや他の冒険者たちも部屋や宿へ戻った後。
食堂に残ったのは、料理人のオヤジさん、魔術師フリーダヤと聖女ロータス、占い師ハスミン、そして薬師リコの5人だ。
「皆さん、まだ腹に余裕はありますか。あるなら締めに寿司でも握りますよ」
「お、いいねえ」
今日のアジは本当に物が良かったそうで、鮮度を保つ保存用の魔導具に何匹か取ってあるらしい。
ささっとオヤジさんが厨房で作ってきたのはアジの棒寿司だ。
本当に本当の締めだから、ひとり数巻ずつ、生姜醤油で。
ついでに、とっておきのライスワインの吟醸酒を冷酒でキリッと硝子の猪口に一杯ずつ。
「では、新たな環使いゲンジ君の誕生に乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
そう、薬師リコから薬師スキルの手解きと伝授を受けている最中に、何とオヤジさんに環が発現してしまったのである。
オヤジさんの環は胸回りに出た。
この位置に出る者は、物事の調和を取ったり、人間関係が円滑になりやすいというアドバンテージがある。
料理人として、利用客に合わせた食事を作り提供するオヤジさんにピッタリではないか。
「いやあ、まさかこの俺が魔力使いになるとは……ビックリです」
お猪口片手にオヤジさんが恥ずかしそうに頬を掻いている。
「ステータス見せてもらったけど、ゲンジ君、異世界転移者なんだね」
「醤油や味噌を好む人に多いわよね、異世界からの転生者や転移者」
「こだわりが強いからすぐわかるわよね、あれ」
ここココ村支部の食堂では当たり前にある醤油や味噌を使ったメニューだが、実は円環大陸の全体で見れば珍しい調味料だった。
「この醤油の使い方が上手い人は多いね。異世界からの来訪者」
「ライスワイン好きもね」
「米の使い方も神がかってるし」
米食文化は円環大陸全土にあるが、水だけで炊き上げた白いご飯を食べる文化というのが、実はとても珍しい。
米は大抵の場合、ピラフや炒めた焼き飯に使う。
醤油や出汁で味付けした料理で白いご飯を食べる者がいたら、異世界からの来訪者やその関係者だったというケースが多かった。
「もう何年前になりますか。気づいたら自分の店から、見たことも聞いたこともない場所にいて。たまたま料理ができたもんだから、ここの前の前のギルドマスターに食堂の料理人として雇って貰えたんですよ」
それだけでなく、調理師ギルドに登録して身分証を確保する手伝いをしてもらったりと、かなりの世話になったという。
「転生者じゃなくて転移者か……。元の世界に戻りたいとかは?」
「そりゃあ、ありますよ。でも連れ合いもとっくに亡くしてますし、息子も一人立ちしてるんで。ただ、まあ……そろそろ生まれるはずだった孫の顔を見れなくなったのだけがね。寂しいというか」
雇用してくれた当時のギルドマスターも調べてくれたのだが、異世界からの来訪者が元の世界に戻れたという記録は見当たらなかったという。
「私たちの系列には異次元世界へ向かうためのノウハウがあるけど、元いた同じ世界に行けるかはわからないなあ」
「あ、いや、そんなにこだわっているわけじゃないんです。今の生活も案外気に入ってるんですよ。冒険者たちみたいな荒くれ者を相手に料理を作るのが案外、性に合っていて」
元はニホンという国のある世界で、小さな小料理屋を営んでいたという。
「もし必要なことなら、環があなたを導く。元の世界と親しかった人たちを思い出して辛くなったときは、環を出すように練習してみて」
もう一杯だけ、とライスワインを注いでもらいながら聖女のロータスが言った。
純正聖女の彼女は酒に酔うことはまずないが、アルコール飲料の味は好きでよく嗜む。
「ついでにあなたに課題を出すわ。調理スキルの特級ランク保持者で薬師スキルも獲得したなら、完全回復薬の調合資格がある。初級ポーションから始めて、超特級ポーションであるエリクサーも作れるようになること」
「エリクサーですか!? ……いや、まあ……自信はないですが頑張ってみます」
ロータスから料理人ゲンジへの課題の提示に、フリーダヤとハスミン、リコは何やらニヤニヤと笑っている。
本人は謙遜した様子だが、案外あっさり作ってしまうのではないか、という表情だ。
「どのスキルにも言えることだけどね、特級ランクまで到達した者にしか見えない境地というのがあるんだ。エリクサーが完成したら連絡をリコに。それと」
隣の席から身を乗り出して、魔術師のフリーダヤがゲンジの胸元を軽く叩いた。
すると胸回りに光の円環、環がスーッと浮かび上がる。
「君にもアイテムボックスを授ける。元が魔力使いじゃないから容量は……まあ木箱一箱分はあるね。なかなかだ」
ゲンジの環に片腕を突っ込んで、何やら仕掛けを施している。
「あと、一度このアイテムボックスに入れたものは、同じファミリー間ならやりとりができる。我々と連絡を取りたいときは手紙でも書いて送ってくれればいい」
物品のやりとりの仕方は、ステータス画面から簡単に行える。
フリーダヤはゲンジに「ステータスオープン」と唱えさせ、目の前に表示されたステータス画面の簡単な使い方を教えていった。
「たまに料理の自信作を送ってくれると嬉しいな。君の料理はとても美味しい」
どちらかというと、こちらのほうが本題っぽかった。
「にしても、この支部に飯マズ持ちがいるんだって? ハスミンに聞いたときは驚いたよ、滅多にないレア属性だからな」
アジの棒寿司を口に放り込んで、リコがしみじみ言う。
「飯マズってのはさ、人間性に問題があるか、世界の理に反したことのペナルティかが大半なんだ。解除するにはよほど徳を積まないとね」
「……あの料理は本当に酷かったよね……」
フリーダヤとロータスは、よりによってココ村支部に到着した当日に、あの飯マズ料理人の洗礼を受けている。
「危うくバッドステータスがかかるところだった。全ステータス数値ダウン系の」
「飲み水や調味料は問題なかったから救われたわね。あとは、あの子の魔力に救われた」
あの子、即ち魔法剣士で、ロータスが聖者に覚醒させたルシウスのことだ。
「あの子、相当に魔力が多いわね。今、この支部全体をあの子の聖なる魔力が浸透してるわ。実に素晴らしい」
「言われてみれば、ルシウス坊主が来てからこの支部の利用者たちに怪我や不調が減ってる気がしますね」
ゲンジがルシウスがこのココ村支部に常駐するようになってからを思い返している。
「でもそろそろまた、あの飯マズ男の当番日よね……イヤだわあああ……」
ハスミンが自分で自分を抱きしめて震えている。
料理人二人の都合にもよるが、だいたい一週間から十日間に一度のペースであの飯マズ男の当番が回ってくる。
「彼の当番のときは、基本、料理の材料を揃えて、蒸したり炒めたりするだけで良いように前日に準備してあったんです。だから俺もまさか、そこまで酷い料理だとは思いませんでした」
「ということは、彼が手を入れると飯マズが料理に付与されるわけか。あまり良い状態ではないね、彼」
ココ村支部周辺に発生するお魚さんモンスターの異常が、あの飯マズ男に関連していることは既に掴めている。
あとはどう追い詰めていくかだった。
あらかた相談し終わった後でリコを本拠地に送るためロータスが空間転移で消えていく。
残ったフリーダヤやハスミン、ゲンジも解散することとなった。
食堂に残ったのは、料理人のオヤジさん、魔術師フリーダヤと聖女ロータス、占い師ハスミン、そして薬師リコの5人だ。
「皆さん、まだ腹に余裕はありますか。あるなら締めに寿司でも握りますよ」
「お、いいねえ」
今日のアジは本当に物が良かったそうで、鮮度を保つ保存用の魔導具に何匹か取ってあるらしい。
ささっとオヤジさんが厨房で作ってきたのはアジの棒寿司だ。
本当に本当の締めだから、ひとり数巻ずつ、生姜醤油で。
ついでに、とっておきのライスワインの吟醸酒を冷酒でキリッと硝子の猪口に一杯ずつ。
「では、新たな環使いゲンジ君の誕生に乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
そう、薬師リコから薬師スキルの手解きと伝授を受けている最中に、何とオヤジさんに環が発現してしまったのである。
オヤジさんの環は胸回りに出た。
この位置に出る者は、物事の調和を取ったり、人間関係が円滑になりやすいというアドバンテージがある。
料理人として、利用客に合わせた食事を作り提供するオヤジさんにピッタリではないか。
「いやあ、まさかこの俺が魔力使いになるとは……ビックリです」
お猪口片手にオヤジさんが恥ずかしそうに頬を掻いている。
「ステータス見せてもらったけど、ゲンジ君、異世界転移者なんだね」
「醤油や味噌を好む人に多いわよね、異世界からの転生者や転移者」
「こだわりが強いからすぐわかるわよね、あれ」
ここココ村支部の食堂では当たり前にある醤油や味噌を使ったメニューだが、実は円環大陸の全体で見れば珍しい調味料だった。
「この醤油の使い方が上手い人は多いね。異世界からの来訪者」
「ライスワイン好きもね」
「米の使い方も神がかってるし」
米食文化は円環大陸全土にあるが、水だけで炊き上げた白いご飯を食べる文化というのが、実はとても珍しい。
米は大抵の場合、ピラフや炒めた焼き飯に使う。
醤油や出汁で味付けした料理で白いご飯を食べる者がいたら、異世界からの来訪者やその関係者だったというケースが多かった。
「もう何年前になりますか。気づいたら自分の店から、見たことも聞いたこともない場所にいて。たまたま料理ができたもんだから、ここの前の前のギルドマスターに食堂の料理人として雇って貰えたんですよ」
それだけでなく、調理師ギルドに登録して身分証を確保する手伝いをしてもらったりと、かなりの世話になったという。
「転生者じゃなくて転移者か……。元の世界に戻りたいとかは?」
「そりゃあ、ありますよ。でも連れ合いもとっくに亡くしてますし、息子も一人立ちしてるんで。ただ、まあ……そろそろ生まれるはずだった孫の顔を見れなくなったのだけがね。寂しいというか」
雇用してくれた当時のギルドマスターも調べてくれたのだが、異世界からの来訪者が元の世界に戻れたという記録は見当たらなかったという。
「私たちの系列には異次元世界へ向かうためのノウハウがあるけど、元いた同じ世界に行けるかはわからないなあ」
「あ、いや、そんなにこだわっているわけじゃないんです。今の生活も案外気に入ってるんですよ。冒険者たちみたいな荒くれ者を相手に料理を作るのが案外、性に合っていて」
元はニホンという国のある世界で、小さな小料理屋を営んでいたという。
「もし必要なことなら、環があなたを導く。元の世界と親しかった人たちを思い出して辛くなったときは、環を出すように練習してみて」
もう一杯だけ、とライスワインを注いでもらいながら聖女のロータスが言った。
純正聖女の彼女は酒に酔うことはまずないが、アルコール飲料の味は好きでよく嗜む。
「ついでにあなたに課題を出すわ。調理スキルの特級ランク保持者で薬師スキルも獲得したなら、完全回復薬の調合資格がある。初級ポーションから始めて、超特級ポーションであるエリクサーも作れるようになること」
「エリクサーですか!? ……いや、まあ……自信はないですが頑張ってみます」
ロータスから料理人ゲンジへの課題の提示に、フリーダヤとハスミン、リコは何やらニヤニヤと笑っている。
本人は謙遜した様子だが、案外あっさり作ってしまうのではないか、という表情だ。
「どのスキルにも言えることだけどね、特級ランクまで到達した者にしか見えない境地というのがあるんだ。エリクサーが完成したら連絡をリコに。それと」
隣の席から身を乗り出して、魔術師のフリーダヤがゲンジの胸元を軽く叩いた。
すると胸回りに光の円環、環がスーッと浮かび上がる。
「君にもアイテムボックスを授ける。元が魔力使いじゃないから容量は……まあ木箱一箱分はあるね。なかなかだ」
ゲンジの環に片腕を突っ込んで、何やら仕掛けを施している。
「あと、一度このアイテムボックスに入れたものは、同じファミリー間ならやりとりができる。我々と連絡を取りたいときは手紙でも書いて送ってくれればいい」
物品のやりとりの仕方は、ステータス画面から簡単に行える。
フリーダヤはゲンジに「ステータスオープン」と唱えさせ、目の前に表示されたステータス画面の簡単な使い方を教えていった。
「たまに料理の自信作を送ってくれると嬉しいな。君の料理はとても美味しい」
どちらかというと、こちらのほうが本題っぽかった。
「にしても、この支部に飯マズ持ちがいるんだって? ハスミンに聞いたときは驚いたよ、滅多にないレア属性だからな」
アジの棒寿司を口に放り込んで、リコがしみじみ言う。
「飯マズってのはさ、人間性に問題があるか、世界の理に反したことのペナルティかが大半なんだ。解除するにはよほど徳を積まないとね」
「……あの料理は本当に酷かったよね……」
フリーダヤとロータスは、よりによってココ村支部に到着した当日に、あの飯マズ料理人の洗礼を受けている。
「危うくバッドステータスがかかるところだった。全ステータス数値ダウン系の」
「飲み水や調味料は問題なかったから救われたわね。あとは、あの子の魔力に救われた」
あの子、即ち魔法剣士で、ロータスが聖者に覚醒させたルシウスのことだ。
「あの子、相当に魔力が多いわね。今、この支部全体をあの子の聖なる魔力が浸透してるわ。実に素晴らしい」
「言われてみれば、ルシウス坊主が来てからこの支部の利用者たちに怪我や不調が減ってる気がしますね」
ゲンジがルシウスがこのココ村支部に常駐するようになってからを思い返している。
「でもそろそろまた、あの飯マズ男の当番日よね……イヤだわあああ……」
ハスミンが自分で自分を抱きしめて震えている。
料理人二人の都合にもよるが、だいたい一週間から十日間に一度のペースであの飯マズ男の当番が回ってくる。
「彼の当番のときは、基本、料理の材料を揃えて、蒸したり炒めたりするだけで良いように前日に準備してあったんです。だから俺もまさか、そこまで酷い料理だとは思いませんでした」
「ということは、彼が手を入れると飯マズが料理に付与されるわけか。あまり良い状態ではないね、彼」
ココ村支部周辺に発生するお魚さんモンスターの異常が、あの飯マズ男に関連していることは既に掴めている。
あとはどう追い詰めていくかだった。
あらかた相談し終わった後でリコを本拠地に送るためロータスが空間転移で消えていく。
残ったフリーダヤやハスミン、ゲンジも解散することとなった。