「……まあ、いろいろ便利な(リンク)だけど、元は浮世の慰めに過ぎなかった。いろいろ試して、自分の使いやすいように使ってくれたらいいよ」

 ボートの縁から乗り出して海の中を覗き込んでいたルシウスは、フリーダヤの口調に物悲しさを感じて顔を上げた。

「ロータス、彼女って盲目だろう? あれは過度に力を求めた結果なんだ。自分の視力を生贄にして力を得た結果、あれだけ強力な聖女になった」
(リンク)で目は治らなかったんですか?」
「800年頑張ってきたけど無理だったねえ。治っちゃったらきっと本人、力を失ってしまうだろうし」

 ものすごく綺麗な水色の瞳だったんだ、とフリーダヤが言う。

 このエピソードは、魔力使いたちの世界ではとても有名な話だ。
 まだ何者でもない少女だったロータスは、雷光に撃たれて視力を失うと同時に、聖女に覚醒し莫大な力を得た。

 ロータスに恋していた青年フリーダヤは、彼女の美しい瞳が失われ、二度と自分の姿を映さなくなったことに絶望した。
 そのとき自分というものが抜け落ちて、空白になった瞬間に、今の(リンク)の原型になった光の円環が頭部に出現したと現代まで伝わっている。

 光の円環は青年フリーダヤの、恋した少女の視力の喪失の悲しみを癒やし、絶望から抜け出すことを助けた。

 以降、彼は光の円環を誰でも、ロータスのような極端で致命的な代償を払うことなく使える術式として、(リンク)を確立した偉大なる魔術師となった。

 そんな彼の姿を見て、聖女となったロータスも(リンク)の価値を認めて、自分自身も(リンク)の使い手となった。
 この瞬間から、魔力使いの世界は旧世代と新世代に分たれることになる。

 ただし、ロータスだけは視力を力を得る生贄へと捧げた経歴から、旧世代の特徴を残しながらも新世代の(リンク)使いとなったことで、新旧の掛け合わせ(ハイブリッド)と呼ばれている。



(リンク)は元々、人間の身体に流れるサークル状の魔力の流れを、わかりやすく光らせて可視化したものでね。ほら、身体から浮き上がらせて離すだけで人生の辛さからも離脱できる、っていうのが発見さ」

 自分の意識が自分から離れると、苦痛から離脱できる。
 そこから、「執着を離れる」という(リンク)の取説が生まれることになる。

「結局、人間にとって一番の執着の原因は肉体ってことなんだろうけど、だからといって肉体なしで生きていけるほど人間は高等生物じゃないわけで」

 人間だけでなく、生物には魂と呼ばれる霊的なエネルギー体があるが、魂だけで地上に生き続ける存在となると相当に進化した種族だ。

「意識を、自分や肉体じゃなくて、身体から離れた(リンク)に向けていると、そうでないときと比べて人付き合いが円滑化する。良い閃きも浮かびやすい。自分の持っているスキルやステータスも向上してバランスが取れてくる」

 聞いていると良いこと尽くめだ。デメリットがない。

「だから人に(リンク)使いになることを勧めてるってことですか?」
「というより、(リンク)を意識しているときの状態のほうが、人間の本来の状態に近いんだ。(リンク)は光って目で見える分、使いやすいというだけ」
「本来の状態……」
「楽だってこと。いま、何か君に悩みってある?」

 と言われて、あれこれ思いを巡らせてみる。

 ココ村支部に来てお魚さんモンスターを倒すのは良い。わりと楽しい。
 故郷から送られてくる勉強は面倒くさい。
 家族と会えないのはとても寂しい。

 特に、大好きなお兄ちゃんがなかなかお手紙を書いてくれないことを思うと、夜ひとりになるとちょっと泣いてしまうほど。

 だが、言われてみるとそれらの寂しさや悲しさがない。
 いや、あるのだが、ありながらも不思議と調和した感覚がある。

「あ。ほんとだ、気楽なかんじ」
「だろう? この感覚が人間本来の状態なわけ。何か辛くて苦しいことがあっても、ここに戻れば自分で自分を癒せる」

 治癒師(ヒーラー)の中でも特級ランクの者になると、この境地から根本的に人を癒せるという。



「この(リンク)をいろいろ調べた結果、自分の持つ魔力やスキルのコントロールパネルとして使えることが判明した。そこからだね。一気に魔力使いの世界が、(リンク)を取り入れていったのは」
「アイテムボックスもでしょ」

 これだけ魔法や魔術が発展した世界にも関わらず、アイテムボックスという異次元空間への収納技術や、空間転移を支えるのは、現状では新世代の(リンク)使いだけだ。

「そう。ただしアイテムボックスには、開発者権限で『本人の魔力量に応じた容量制限』をかけさせてもらった。無限収納もできるけど、中身を溜め込んだ挙句、管理しきれなくなって死蔵化するのがオチだからね」
「わかる。僕なんて手持ちのもの全部放り込んで、どこに何があるかわからなくなりそうです」
「はは、必要なとき必要なものがあれば用足りるのにね」

 いろいろ話してみて、なるほどなとルシウスは思う。
 フリーダヤの話には、(リンク)を使っているときだけ理解できるような内容が結構ある。
 これを素面のときに聞かされていたら、何が何やらだ。

 つまりそういうところが、普段フリーダヤやロータスに感じている、よくわからないけど胡散臭くて危ないと感じる苛立ちなわけだ。

 ルシウスも(リンク)が消えた後で、この認識を持っていられるかの自信はなかった。



 それからしばらく、代わりばんこでアジ釣りに勤しんでいた二人だ。
 釣れたり釣れなかったり、まったりと。

 やがて、お待ちかねのそれは来た。

 海の中から邪悪な魔力の振動が上がってくる。

 ルシウスはフリーダヤと一緒に海の中を覗き込む。

「あっ!?」

 それまで、優雅に泳いでいた魚たちが見る見るうちに巨大化していく。
 そして脚が生える場面もバッチリ目撃した。

 海底の黒い魔石それぞれが、邪悪な魔力を発して連動しているのがわかる。

 巨大化した、いつものお魚さんモンスターたちはスイーっと海岸を目指して泳いでいく。
 ややあって、ギルドから冒険者たちが飛び出してくる。

「僕たちのほうには来なかったですね、お魚さん」
「ああ。この魔石が魔物を海岸に向かうよう指示してるね」

 一度に巨大化するお魚さんモンスターの数は十数体から数十体。
 何百体までいかないのは、そこまで魔石に込められた魔力量がないからだ。

「お魚さんモンスターが来襲するのは一日に1回。多くても2回。時間はいつも昼間だけで時間は不定。そっか、この魔石に魔力がチャージされるタイミングで発生してたんだ……」
「海中の地脈を魔力に転換してチャージしてたってところか。なかなかよくできた術式だ」

 ということは?

「あの魔石、全部回収しなきゃダメですか?」
「まあ待て。一回につき数個ずつ回収して、敵さんがどう出るか見ようじゃないか」
「えええ。そんな手間かけるの?」

 いったい何度海の中に潜れば良いのやら。

「近隣に索敵をかけても、あの飯マズ料理人の気配がない。ハスミン情報だと暗躍しているのは夜だそうだから、今回一個だけ魔石を回収して相手がどう出るかだ」

 ルシウスが魔法樹脂に封印した黒い魔石を、ぱしぱしフリーダヤが叩く。

「今日はここまで。海岸には皆が魔物を倒してくれるまで戻れないし、それまで夕飯のおかずを増やそうじゃないか」

 釣果のアジはまだ小中併せて7、8匹ほど。

 これぐらいじゃ、腹ペコな冒険者たちのお腹は満足できない!