綿毛竜(コットンドラゴン)襲撃の翌日、ルシウスの朝のお散歩のお供は髭面ギルマスのカラドンに、例の伝説級魔力使い、魔術師フリーダヤと聖女ロータスだった。

 カラドンとロータスは朝が強いようでシャキッとしていたが、フリーダヤはまだ半分寝ぼけているようで、大欠伸をしている。
 いつもの白く長いローブ姿でもなく、部屋着だろうTシャツと短パン姿だった。
 その辺の町にいる若者と変わらない緩い姿だ。
 最初は若葉のような薄緑色で真っ直ぐな長い髪を下ろしていたが、途中で暑くなったようで紐でいつものように後頭部で括っていた。

「仔竜がいたのはここ。砂のお城の台座の隙間に押し込まれてたんだよ」
「ここか……」

 ルシウスが指差した場所には、仔竜から抜け落ちた羽毛がまだ残っている。
 台座と隙間にあったためか、昨晩の大嵐でも流されず残っていたようだ。

「どう見る? フリーダヤ」
「仔竜の翼が二枚とも千切られてたっていうのが気になるねえ。どこかに落ちてない?」

 とフリーダヤが言うので、4人は砂のお城の周りを手分けして探った。
 砂のお城はルシウスが新たに作り直した大作で、大人が両腕を広げた長さの更に倍ほどある。
 作り上げたときの達成感が半端なかったやつだ。

 だが、特に目当てのものは見つからない。

「『探索(サーチャー)スキル、発動』」

 フリーダヤが自分の頭部の周りに光の(リンク)を出して、その帯状のリングの表面を指先でちょんと突いた。
 彼の場合、ロータスとは違って(リンク)を出す部位が違うようだ。

「あっちにも砂の芸術があるね。反応があそこから出る。行ってみよう」

 探索(サーチャー)スキルで感知した綿毛竜(コットンドラゴン)の羽毛と同じ魔力のある場所は、ルシウスが作った砂のオブジェのうちの一体だった。

「あったかい?」
「あった。小さな羽毛の付いた翼が一枚」
「もう一枚は……あそこだね」

 砂のデビルズサーモンの台座と砂の隙間に、血で汚れた綿毛竜(コットンドラゴン)の翼が挟まっていた。

 次にフリーダヤが示したのは、今のところココ村海岸にルシウスが作った砂のオブジェの3体目、最後の吸血オクトパスだ。

「……二枚目の翼、あった」

 夏の暑い8月で、本体から千切り取られた翼はすっかり乾ききっている。

「僕が作ったオブジェ全部に、綿毛竜(コットンドラゴン)を分割したって、なんで???」

 よくわからない。
 ルシウスは首を傾げたが、大人三人は難しい顔になっている。

「強い魔力を持つ竜を生贄に、あなたの作った聖なる構造物を破壊したかったんだと思う」
「え?」
「この砂の……オブジェ? あなたの持つ聖なる魔力を発しているわ。綿毛竜(コットンドラゴン)の仔竜を傷つけた者は、このオブジェが邪魔だったのね」

 吸血オクトパスの長い脚を撫で撫でしながら、ロータスが言った。

「聖なる魔力は、単独だと邪気に弱いの。もちろん邪気を上回る量があれば押し切れるけど。通常は対抗するには破邪の属性に加工しないとダメなのよね。でもこのオブジェは……魔法樹脂ね、それで固めてあるのね? 壊すために、竜に血を流させて、その穢れで破壊しようとした」

 盲目の彼女は手で触って、砂のオクトパスの素材を言い当てた。

「血の穢れと、死の穢れ。両方あれば邪気としては相当のものよ。……良くないわね」
「そろそろ、本気で洒落にならなくなってきたな……」

 ルシウスが作った砂のお城やお魚さんモンスターを破壊しようとした者は判明している。
 あの、例の飯マズ男だ。

 いよいよ、飯マズ男ケンへの包囲網を敷く段階に入った。

 現段階では暗躍スキルのあるサブギルマスのシルヴィスが、彼の通常業務を一時休止して追っている。
 相手も暗躍スキルや隠蔽スキルを持っているようで、なかなか尻尾を掴ませない。
 そもそも自宅の特定ができない時点で警戒レベルはマックスだ。

 彼絡みで二次被害、三次被害がありそうなので、まとめて検挙したい。

 何か、ギルドの面々や常駐しているルシウスたちの目の前で決定的なことを仕出かしてくれれば、その場で身柄を確保できるのだが。



「この翼、どうしよう?」

 仔竜にはもう魔法樹脂で義翼を繋いでしまったし、今更、返すも何もない。

「まだ小さな仔竜のものだと、護符に加工するにも強度が足りないしねえ」

 ひょいっと魔術師のフリーダヤが翼を一枚摘んで、朝陽の光に透かしている。
 そう、サイズ的にはまだ子供で小柄なルシウスの手のひらより小さく、羽毛のせいで汚れた綿埃にしか見えない。

「このまま廃棄ももったいない。せっかくだから食用にしてみたら?」
「え」

 ルシウスはフリーダヤの指先から小さな翼を奪い取り、ささっと距離を置いた。
 その麗しの顔は思いっきり顰められている。ドン引きだ。

「あ、いや、そのまま齧れってことじゃなくて。薬師にポーションに加工してもらって服用すれば、竜種の加護が付くよ?」
「それもどうかと思いますけど」

 ジトっとした湖面の水色の瞳で見上げられて慌ててフリーダヤが言い訳している。

「いや、案外いい話かもしんねえぞ、ルシウス。その翼を腹に入れて『竜種の加護』を手に入れておけば、いつかあの仔竜が恩返しに来るときの目印になる」

 結局、廃棄するしかないものだし、ギルマスのカラドンからは、有効活用してはどうかとの提案があった。



 ぐううう〜

「あ。お腹鳴っちゃった」

 えへへと、ルシウスが恥ずかしそうに笑う。

 結局昨晩は、綿毛竜(コットンドラゴン)の来襲で興奮しすぎて、ルシウスはあまり食事がとれなかった。

 その分、料理人のオヤジさんが翌朝に期待しててと言ってくれたので朝食が楽しみなのだ。

「アサリ、アサリ〜♪」

 朝のお散歩はおしまいだ。
 スキップしながら一足先にギルドへ戻ることにした。
 たまにくるくるっと回転しながら。



 そんなルシウスの後に続きながら、大人たちはといえば。

「自由な子だねえ」

「アサリ、私も楽しみ〜♪」

「あ、ここにも自由な人がいた」

 聖女のロータスもまた、砂の上で軽やかにステップを踏み踏みしている。
 そうして一同、ギルドの建物へ戻るのだった。