「……それで。お詫びに、聖剣使いのあなたが使えない術の知識をお渡ししようと思うんだけど、どう?」
「それも環を出さないと使えないやつでしょ。その手には乗らないんだから」
「ううん。ただの環の使用説明書よ。短い簡単な詩でね」
ハスミンはそれを『環の数え歌』と呼んだ。
「あたしの弟子たちがまだ幼かった頃、環を使うコツを掴ませるために作ったものでね。魔力使いの血筋じゃない孤児たちだったから、取っ掛かりになるよう効果を数字順で覚えさせたの」
そうしてハスミンがくれたメモには、十行ほどの詩が書かれていた。
女性らしい繊細な文字だ。ある程度の教育を受けた者であることが文字からわかる。
環の数え歌
「1は新しいことを始めるときの原動力」
「2は落ち着いておやすみを言うときのもの」
「3は凛と前を向いていくための力」
「4は皆と仲良しになるとき助けてくれる」
「5は緊張と緊張の間、怠惰でいることの勇気をくれる」
「6は自分の道を照らす光」
「7は無邪気さと夢を思い出させる輝き」
「8は夜明け前が一番暗いことを思い出させる」
「9は智慧と導きをもたらす祝福の炎」
「0は一度リセット!」
「数字魔法を参考にしたやつだね」
「そう。あたしの弟子たち、難しい本とか全然読まなかったから、エッセンスだけまとめたの」
「使い方は?」
「文章がそのまま効果になってるの。使うときは自分の周りに環を出しながら、数字か、数字ごと文章を唱える」
「数字を書いて使うことはできる?」
「もちろん。対象に指で描いてもいいし、何か紙に描いたり、素材に刻みつけてもいい」
「なるほど……」
そもそも、ルシウス自身がリースト伯爵家という魔法の大家の出身者だ。
リースト伯爵家は旧世代の魔力使いの集団だが、魔力使いとして魔法剣士の修行や勉強はそれなりに過酷だった。
大好きなパパやお兄ちゃんが師匠だったから、ルシウスも泣き泣き頑張れたというだけで。
特にパパの熱心な励ましがなかったら絶対やっていけなかった。
新世代の環使いたちの体系も膨大なのだろうな、と思い込んでいたルシウスはハスミンの作ったという数え歌にちょっと拍子抜けしてしまった。
「……本当に、これだけでいいの?」
疑り深くなってしまうのは許してほしい。
何せ、彼女の師匠の魔術師のフリーダヤと聖女ロータスがアレだったもので。
「ええ。細かく言えばキリがないけどね。それに、環は新世代の術式って言われてるけど、旧世代の使うほとんどの魔法や魔術がそのまま使えるの」
「そのまま……」
と言われてもイメージが浮かばない。
「例えば、あなたは今のままでも聖剣を使えるけど、環を使いながらでもやれるってこと」
「え、え? それにどんな違いが?」
するとハスミンは、可憐なお人形さんみたいな水色の瞳を持つ美貌で、にやっと笑った。
「それは、両方をそれぞれ試して比較してみないとね」
「! あー! それ狙ってたんでしょ!?」
比較ってそれ、環を出して使わないとできないじゃん。
やられた、と頭を抱え込んでしまったルシウスに、ハスミンは大爆笑だ。
「環出さなくても使える知識って言ってたのにい……」
しかもここまでの話の流れだと、ルシウス的には、じゃあそんなのやりません、とも言いづらい。
よしよし、とシャワー浴びたてで湿った頭を撫で撫でしてくるのがまたルシウスにとっては憎らしい。
「結果的に、この数え歌はうちのファミリーを象徴するものになったわ。各数字ごとに対応する者がいるの」
例えば「1は新しいことを始めるときの原動力」は、環創成の魔術師フリーダヤを表す象徴的な詩になったそうだ。
「ロータスは『5は緊張と緊張の間、怠惰でいることの勇気をくれる』ね。5を使いこなせると強いわよ。力をとことん溜め込んで待てるから」
「ハスミンさんは?」
「あたしは『7は無邪気さと夢を思い出させる輝き』ね。あたし、本当は魔法使いじゃなくて占い師なの。人間の無意識を読み取って、相手の本当の望みを思い出させるのが仕事よ」
「そういう感じかあ〜」
じゃあ僕は? と訊こうとしたらハスミンの嫋やかな指先でそっと唇を塞がれてしまった。
「数え歌を数字ごとにしばらく唱えてみて、しっくり来るのがあなたの数字よ。試してみてね?」
「むうう……」
結局、環使いどもの手のひらの上で転がされてしまっている。
一歩引いたように見せかけて、ハスミンとて魔術師フリーダヤと聖女ロータスの一味には変わりない。
何だかんだで彼らの思惑に引き摺り込まれていくルシウスなのだった。
「とりあえずごはん、おなかすいた!」