そこから先は、見るからに痛かった。
聖女のロータスは、千切られた仔竜の翼の、僅かに残っていた根元の組織を無理やり骨や神経などごと、指半分ほどの長さまで増殖させた。
その上で、力技でルシウスが作った魔法樹脂の翼と仔竜の背中を、自分の持つネオンピンクの魔力を接着剤代わりにして有機的に繋いだのだ。
当然、神経を直接弄られた仔竜は暴れに暴れる。
前足の爪で抱えていた腕を傷つけられるも、さすがに古き魔術師のフリーダヤは「いたたたた!」と悲鳴を上げながらもビクともしなかった。
「せ、せめて麻酔魔法を使ってあげてー」
冒険者の誰かが突っ込んだが、仔竜は最後のほうにはもう精魂尽き果てたように、フリーダヤの腕の中でぐったりとしていた。
だが、その背には魔法樹脂の透明な翼がしっかりと補強されていた。成功だ。
しかも、ちゃんと翼が動いている。
「一から翼の欠損を修復するんじゃないの?」
「生憎、そんな自然法則に反したことは無理よ。義肢代わりの翼を機能させるのがせいぜい」
「坊主、これその子に飲ませてやって」
「オヤジさん」
料理人のオヤジさんが厨房から、グラスに入れた旬の桃ジュースを持ってきてくれた。
固形物が無理でも液体なら飲めるだろうとの配慮だ。
深めの小皿にジュースを注いだが、仔竜には自力で飲む気力が残っていないようだった。
少し考えて、ルシウスは救急キットの中から脱脂綿を取り出してジュースを含ませてから、仔竜の口元に持っていく。
「あ、飲んだ。よかった〜」
ちゅう、ちゅう……と少しずつ脱脂綿からジュースを飲んでいく仔竜に、皆が相好を崩したところで、それは来た。
「!!!」
ぎゃおーんとも、ぐおおおおーとも言い難い、轟音のような咆哮が冒険者ギルドの建物を揺るがした。
一同、恐る恐る食堂の窓から外を見る。
「来ちゃった……」
怒りに全身の羽毛を真っ赤な魔力に染めた綿毛竜の成竜が、マジ切れ顔で食堂内を覗き込んでいた。
ちょっと目が血走っている。こわい。
建物の外は大嵐になっている。
そして、ルシウスが予想した通り、獰猛な雄叫びをあげて綿毛竜の親竜がやってきた。
このままでは食堂の窓が突き破られてしまう。
慌ててルシウスは窓を開けて、仔竜を抱えたまま、するっと外に飛び出した。
「おい、テイマースキル持ちいるか!?」
「オレ持ってるけど中級ランクです、ドラゴンなんて無理ー!」
ギルマスの確認に数名手を上げるが、高ランクのテイマー持ちはいなかった。
もう食堂内は阿鼻叫喚だ。
「君、持ってるよね、テイマースキル」
「ある。でもここは、彼のお手並み拝見といきましょう」
こちらは悠々と出入口からお外に出た、魔術師フリーダヤと聖女ロータスの伝説ペアだ。
この事態にもさすがの貫禄、まるで動揺していない。
他の面々も恐る恐る後に続く。
なお、売店の店員や料理人のオヤジさんは非戦闘員なので、食堂内で待機である。
「ひいいいっ。大丈夫なんでしょうか、あれ!?」
「一応、冒険者ギルドの建物には防御魔法がかかってるから、よほどのことがない限り平気だって聞いてるよ」
とりあえず、仔竜を治療していたテーブルを片付けて、傍らに置きっぱなしになっていた、ルシウスが潮干狩りで取ってきたアサリのバケツを厨房へ。
アサリを洗って塩水で砂抜き処理を済ませてから、窓際で心配そうに事態を見守るオヤジさんなのだった。
「言い訳になるけど、僕はこの子が瀕死のところを見つけて手当てしただけなんだ。翼は修復したけど……」
ルシウスの腕の中で、少し回復したらしい仔竜が母竜に向かってピュイッピュイッと訴えるように鳴いている。
そして見せつけるように、魔法樹脂製の透明な義翼のある背中を母竜に向けた。
綿毛竜の親竜は、全身真っ白な羽毛に覆われた巨大な竜だった。
冒険者ギルドの3階建ての建物の半分以上の大きさがある。
嵐の中、大雨の水滴を魔力で弾いて全身を輝かせている姿は荘厳だったが、激おこ状態で唸っている姿はルシウスでも怖い。
「だ、ダメかな? 無理? できたらこのまま引いてくれると嬉しいんだけど。この子も、仲間の群れに戻せないなら一人立ちするまでは責任持って僕が育てるよ」
ルシウスの腕の中から、仔竜と親竜がピュイッピュイッ、ぐぎゃぎゃぎゃーとやり取りを繰り返している。
そしてどう折り合いがついたものか、軽く腕を前脚で突っつかれて腕を開くと、魔法樹脂の翼を少しずつ動かして仔竜が浮き上がる。
そこをすかさず、親竜が仔竜をぱくっと口に咥えた。
どうやらこのまま子供を連れ帰ることに決めたようだ。
「今後は気をつけて。今、この海岸付近は危険だからね」
一応の注意を伝えると、親竜はギロっと大きな瞳でルシウスを睨んだ後、大きな双翼を羽ばたかせて大嵐の中を飛び立っていったのだった。
後に残されたのは綿毛竜の大量の羽毛だった。
ピコン、ピコン
ルシウスのステータスにお知らせ音が鳴る。
物品鑑定スキルで羽毛を見てみると、魔法防御や物理防御、それに安眠など様々な機能を持つ素材であることが判明する。
「お礼なのかな?」
どの羽毛も防水加工されているかのように、雨を弾いている。
何かの役に立ちそうだ。辺りに散らばった羽毛が風で吹き飛ばされないうちに、すべて集めておくことにした。