浜辺で潮干狩りをしていたはずのルシウスが抱えてきたものに、食堂で思い思いに過ごしていたギルドの面々や冒険者たちは騒然となった。
外は大嵐になっていて、遠くでは雷も鳴っていた。
ルシウスは、びしょ濡れになって食堂に駆け込んできた。
「る、ルシウス君、その腕の中のやつって……?」
「綿毛竜の幼生です。僕が作った砂の像の下に押し込められてて……」
綿毛の塊、もとい羽毛で覆われた綿毛竜は、腕に相当する羽根付きの翼があったはずの背中には何もない。
傷口は膿んで、生臭い臭いが漂っている。
相当に酷い状態だった。
ルシウスは食堂の面々の中に売店の店員を見つけると、駆け寄った。
「ポーション! ポーションください、一番高いやつ!」
「る、ルシウス。ダメだ。そうなっちまったら、もうポーションぐらいじゃ……」
騒ぎを聞きつけたギルマスのカラドンが事務室の方からやってきた。
ルシウスの抱えている仔竜の状態を見て、難しい顔になっている。
ポーションで怪我は治せるが、欠損は修復できない。
それはエリクサーの領域で、エリクサーは非売品のレア物なのだ。
売店の店員もカラドンに同意した。
そして翼を持つ生き物は、翼を失ったら長くは生きられない。
その上、もう虫の息ではないか。
「で、でもこのままだと、この子の親が来たら……」
仔竜の死体を見た親竜が何を仕出かすかわからない。
そして、竜、いわゆるドラゴンは魔物ランクS。
危険がココ村支部に迫っていた。
そこへ、冒険者たちと歓談していた聖女のロータスがやってきた。
周囲から手渡されたタオルでルシウスのびしょ濡れになった髪を拭いてやりながら、
「それ、まだ生きてる?」
「生きてます!」
「聖女の私が治してあげてもいいわ」
「えっ、ほんと!?」
ぱあっとルシウスの困り顔が明るくなった。
だが、しかし。
「代わりに、あなたは環の修行をなさい」
「こんなときに取引してくるひと、すごくいや!」
「イヤで結構。さあ、どうする?」
あらかたルシウスの濡れた髪の水滴を拭い終わったところで、試すようにじっと、盲目の瞳で見つめられた。
まさか、ここでそれを取引材料、いやルシウスの修練を生贄に要求してくるか。
周囲もさまざまな反応を見せながら二人を見守っている。
ぐぬぬ、とルシウスが唸っている。
小柄な身体からネオンブルーの魔力が噴き出して、遠鳴りのように鈍く響かせている。
ピュイ……
ハッとしてルシウスは腕の中の綿毛竜を見た。
悩んでいる時間はない。
「わかった。言う通りにする」
「よろしい」
盲目の聖女はひとつ頷いて、周囲の人々に怪我の治療キットやお湯などを持って来させた。
衛生を考えれば食堂以外の場所で処置したほうが良いのだろうが、ここは冒険者ギルドだ。
怪我をした冒険者たちが血みどろのまま酒を飲むなどよくある話なので、その辺は誰も突っ込まない。
そして聖女ロータスは食堂のテーブルをひとつ占拠して、翼を失って血だらけ砂だらけの綿毛竜の汚れを清めるようルシウスに指示を出した。
キュッ、ピイイイーッ!
できるだけ傷口には触らないようにしたが、それでも翼のあったところの近くに触れると仔竜は最後の力を振り絞るようにして暴れ出した。
「フリーダヤ、押さえてて」
「了解」
暴れる仔竜を魔術師フリーダヤに任せ、聖女ロータスはルシウスを見た。
「綿毛竜の翼の形状はわかる? この仔竜のサイズで魔法樹脂の翼を創りなさい」
「形……何となくなら……」
昔、お兄ちゃんと一緒に眺めたモンスター図鑑に綿毛竜も掲載されていた。
だが詳しい形状となると記憶が少々怪しい。
ルシウスの手の中で、透明な魔法樹脂の形がぐねぐねとして定まらない。
「ルシウス君、綿毛竜は成竜なら翼の形はこれです。羽毛を抜いた後の形状はこれ!」
すかさず受付嬢のクレアがメモに鉛筆で大雑把に綿毛竜の全体像を描いて見せてくれた。
更にその上から色ペンで、羽毛のない生肌状態の翼のラインを描き加えていく。
受付嬢の彼女だったが、この過疎ギルドでは討伐報酬の魔物や魔獣の査定買取りにも関わるので、一般の冒険者より魔物の知識があるのだ。
「こんな感じ?」
言われるままに透明な一対の翼を作った。
サイズ的にはルシウスのお手々を広げたぐらい。
「うん、よく出来てる。これをこの仔の新しい翼にするのよ」