冒険者たちが退治しているとはいえ、ココ村海岸にはお魚さん以外のモンスターも出没する。
野犬や野良猫などが魔物の被害に遭うこともあり、朝になると夜中に魔物に襲われた小動物の死骸が海岸に転がっていることがある。
「猫ちゃん。お墓ぐらい作ってあげたいけど……」
砂浜に落ちていた猫の死骸に胸が痛むルシウスだった。
だが、朝、一緒に海岸を散歩していたギルマスのカラドンは首を振った。
「気持ちはわかるが、キリがねえ。その辺の草むらに置いとけ」
「……うん」
せめて、野鳥に突っつかれないで済むよう、簡単に砂地を掘って冷たく動かない身体を埋めてやるのだった。
「けど、最近こっちの被害も増えてきてるな……魚のモンスター以外まで打ち上げられてきてるって、何でなんだよ」
比較的知能の高い魔獣の幼生なども、ココ村海岸の浜辺へ打ち上げられることがあった。
「竜種なんかだと、独り立ちするまで絶対に親が手放さないって聞くよね」
「人間と同じで、賢い生き物は一人立ちするまで時間がかかるからな」
などと話していたのが、朝のこと。
そして同じ日の夕方、明日の朝食にアサリのスープが飲みたかったルシウスはギルドから借りたバケツとシャベル片手に、いそいそと潮干狩りのため海岸へ。
今夜一晩、厨房で砂抜きをしておけば、明朝に料理人のオヤジさんが美味しく調理してくれるのだ。
いつもお魚さんモンスターが上陸してくるところは貝が逃げてしまっているので、少しギルドの建物から離れた浜辺へと、ほてほてビーチサンダルでアサリ漁り。
波打ち際で、ちょっとだけ小さな穴が空いているように見えるところをさくっとシャベルですくうと、ざらっと面白いくらいに貝が取れる。
ココ村海岸はお魚さんモンスターが大量出没するようになってから、漁師も出入りできなくなっていて手付かずのためだろう。
持ってきたバケツがいっぱいになるまで、アサリやハマグリなどを獲って、ルシウスは陽が落ちる前にギルドに戻ることにした。
「ん?」
きゅ……きゅ……ん……
何か動物の小さな鳴き声がする。
辺りを見回すが、陽の暮れかけた浜辺には砂以外、ほとんど何もない。まばらに海水に強い雑草が生えているぐらいで。
あとはルシウスがお砂遊びで作ったお魚さんモンスターや城などのサンドアートがあるぐらい。
いや待て、その砂のオブジェから鳴き声がする!
「えっ、……嘘でしょ……」
ルシウスはお砂遊びでオブジェを作るとき、必ず台座を作ってから、城なりお魚さんモンスターなりを乗っける形で成形する。
その台座と砂の隙間に、薄汚れた綿毛の塊が押し込まれている。
鳴いているのはその綿毛だ。
大きさは小型犬ほどだろうか。
(綿毛じゃない、これ綿毛竜だ……!)
全身に鱗の代わりに綿毛のような羽毛が生えている竜で、その羽毛は魔法防御を持つ稀少な素材になる。
慎重に砂と台座の間から綿毛竜を引き抜いてそれから砂を払うと、ルシウスは息を飲んだ。
「つ、翼が……」
大きさからすると、卵から孵ってようやく羽毛が生え揃った頃だ。
小さな一対の翼があるべき背中は、根元付近から翼が骨ごとむしり取られたようで赤黒く血が固まってしまっている。
(不味い。こんな小さな竜がこんなところで傷ついてるだなんて。親に嗅ぎつけられたらヤバい!)
しかも綿毛竜は、ふわふわの羽毛を纏う愛らしく優美な姿とは裏腹に、極めて魔力量の多い竜種として知られている。
魔力量が多いとは、それだけ強い竜ということだ。
自分たちの子供の血の匂いを嗅ぎつけてココ村海岸に押し寄せて来ないとも限らない。
翼を失った仔竜を抱え、辺りを見回す。
千切られた翼は見当たらない。
とそのとき、ふっ、と辺りが一気に暗くなった。
ゴロゴロ……と遠くで雷が鳴っている。
「ヤバ……これ多分、親に捕捉された……」
片手で綿毛竜の幼生を抱え、もう片方でアサリの詰まったバケツの取っ手を掴んで、ルシウスは慌てて冒険者ギルドへと走るのだった。