「あいつが初めて魔法剣を出したとき、それが聖剣だったんだよね」
「はい。そう伺っておりますわ」

 庭でカイルが父のメガエリスと魔法剣の操作訓練をしていたとき、それまでなかなか使えるようにならなかったルシウスの手の中に、光り輝く聖剣が現れた。

「あいつ、魔力が光るんだよね」
「………………」
「色はネオンブルー」

 あらー、それは綺麗ですね、と言おうとしてブリジットは口を噤んだ。
 多分、今そういう合いの手は求められていない。

「君も知ってるかもだけど、光る魔力っていうのは聖属性だ。あいつは聖なる魔力持ちだったってこと」
「………………」

 聖剣の持ち主なら剣聖かなとブリジットは思ったが、やはり口には出さずにいた。
 夫のカイルは日頃から口数が少なく、自分の感情を抑圧する傾向にある。
 自分から話しているこのような機会は貴重なのだ。妨げないほうがいい。

「最初にルシウスが聖剣を出したとき、……側にいたオレは頭がすーっとスッキリしてね」
「聖なる魔力で、ということですね。ならば浄化でしょうか」

 ブリジットも下級貴族とはいえ子爵家出身の女だ。
 王都の王立学園を卒業しており、在学中は魔力使いたちのことも学んでいる。

「……そういうこと。聖なる魔力に触れて浄化されるって、……はは、浄化されなきゃいけないような何を持ってるんだオレはって、絶望したよね」

 執務室のソファで夜食を一通り食べ終えていたカイルは、両手でその麗しの顔を覆ってしまった。

「それからもずっと、ルシウスが近くに来るたび浄化された。オレはそんな、ろくでもない人間なんだ」
「……そうして自分を省みることのできる人が、ろくでなしであるはず、ないじゃありませんか」

 ブリジットはこのとき、夫の本質を正しく理解した。
 薄々気づいてはいたことだが、あまりにも繊細すぎる。
 そして潔癖すぎて余裕がない。

(お見合いのときから、ちょっと捻くれた方だとは思ってましたけど。なるほど、物事を悪いほうに考えがちな方なのね)



 ただ彼にとって幸運だったのは、そんな傷つきやすい己の心に寄り添ってくれる、強く優しい女性を妻として娶れたことだろう。

「あなた。私がずっとお側におります。それにほら、来年の春になれば娘か息子も一緒ですわ」

 ブリジットは反対側のソファに座っていた夫の隣に座り直して、顔を覆っていた腕を取って自分の下腹部へと導いた。
 まだ妊娠の初期で、ほとんど膨らみはなかったけれども、そこには確かにふたりの愛の結晶が存在している。

「……君に似た女の子だといいな」

 ブリジットは緩い茶の癖毛と、グレーの瞳のぽっちゃり系の女性だ。
 人懐こい中型犬みたいな印象がある。
 あまり物事を深く考えないが、思いやりのある懐の深さはそれなりに夫を助けているようだ。

「あらー。私みたいな平凡な女より、旦那様に似た男の子がいいですねえ。とても素敵な紳士になるでしょうから」

 貴族夫人や令嬢たちのお茶会や夜会に参加すると、『外見格差婚』などと陰口を叩かれているのが、自分たちリースト伯爵令息夫妻だ。

 ブリジットが見たところ、リースト一族の血はとても強い。
 ましてやブリジットが結婚したのは、血の濃い本家の嫡男だ。
 恐らく、男女どちらの子が生まれても青銀の髪と湖面の水色の瞳、麗しの容貌を持って生まれるものと思う。



「……ルシウス君が嫌いなのではなく、ご自分が弟に変な影響を及ぼさないか心配されてたんですね」
「………………」

 それを弟本人や父親に伝えないところが、彼の自尊心なのだろう。

「お手紙、書きませんと。どう書けば良いのです?」
「いいのかい?」
「仕方ありません。旦那様に無理してほしくありませんもの」

 この夜以降、ブリジットは夫カイルに、彼の弟ルシウスのことを訴えることを一切止めた。
 手紙の代筆や、支援物資の手配なども文句ひとつ言わずにすべて引き受けた。

 義父のメガエリスや家人たちにもこの夜の会話を伝え、カイルに負担をかけさせない方向に方針を定めることとなった。

(あとはルシウス君が帰ってきてからですね)

 本当なら二人しかいない兄弟なのだし、仲良くしてほしいが、拗れたカイルの感情を解さないことには難しいだろうと思う。