そうしてメガエリス少年は成人し、二十代になり、三十代になり、いい加減に結婚しろと家族からも、今は王様となった黒髪の元王子様からもせっつかれるようになった。

「なあ。君、そろそろ魔法樹脂の中でお(ねむ)するのは飽きたのではないか? 君が私の息子になってくれるなら、私は面倒な結婚なんてしないで済むのだが」

『きみのむすこに? かぞく?』

 ルシウスは、いつの間にやら自分を“僕”から“私”と呼ぶようになった、一族の子供メガエリスを超知覚で捉えた。

 もう立派な大人だ。魔法剣が8本しか使えないとベソをかいていた子供の面影は、もうどこにもない。

『きみのことはすきだから、でられるようにがんばってみるね』



 そこから更に十数年たって、何と四十代に入ってからメガエリスがお嫁さんを連れてきた。

 元修道女だというお嫁さんと一緒に挨拶に来てくれたときは、嬉しさと祝福の気持ちと、ちょっぴりの寂しさを覚えたルシウスだった。

 お嫁さんが来てくれたなら、そのうち子供もできるだろう。
 もうルシウスは必要ない。

『すてきなおよめさまと、おしあわせにね。メガエリス』

 自分を封印する魔法樹脂から出ることを諦めて、眠りにつくこと10年弱。



「お前、何か悪戯でもしたんでしょ。そんなにお尻ぶたれるまで何やったの?」

 子供の男の子の声がする。
 揶揄うような声音だ。

 沈み込んでいたルシウスの意識が浮上する。
 あれ、と思った。

 自分のこの腫れた頬や尻は、どれだけ言い聞かせても魔力を抑制できないルシウスに焦れた、姉を始めとした家族からのお仕置きだった。

 けれど、何千年も経つにつれて、ルシウスのこの赤く腫れた顔や身体を見て、「この子供は虐待されているところを保護されたのだろう」と言われるようになっていた。

『ちがうもん。ちがうけど……』

 末の息子や弟を諦めたくなかった両親や姉の愛だ。
 けれど今のルシウスにそれを伝える術はない。

 幸いなことに、ルシウスが封入された魔法樹脂の塊は、同じ一族の本家筋に代々受け継がれてきた。
 彼らはほとんどが、ルシウスの姉の子孫だ。

 大抵の場合、彼らは魔法樹脂の中のルシウスを見て、それぞれ受け取った印象で好き勝手なことを言う。

 虐待されたのではないか等もそう。

 中には、蹲るルシウスを持ち上げて下から覗き込んで「あら、男の子」なんて言う、淑女の慎みのないサバサバした女の子もいた。

 そろそろルシウスが封印されて一万年だ。
 初めてだった。
 自分を見て、正しく状態を看破した者は。



「可愛い顔してるのに馬鹿な子だね」

 この子、何なんだろう。
 ちょっと捻くれたような物言い。
 感じる魔力は間違いない。リースト一族のものだ。
 この強さなら、本家筋の子だ。

 超知覚で捉えた子供は、6歳、いや7歳ぐらいだろうか。
 魔力の感じからすると、今もほぼ毎日ルシウスに会いに来てくれるメガエリスと似ている。
 そうか、あのお嫁さんとの子供なのだ。


『きみのこえ、もっとききたいな』

『きみのおかお、ちかくでみたい』


 ほわーんと、胸の辺りが柔らかで温かな魔力で満たされてくるのがわかった。

 そうだ。自分は唯一を見つけたのだ。



『あれ。まりょくがうまくねれない』

 長年、魔法樹脂の中に封印されていたせいで、今度は外に出るための力が足りなかった。

 ルシウスが安置されていた地下室には、他に魔力の素材となるようなものがなかった。
 あるのは、ルシウスと同じように封入された同族やそれ以外の者たちだけ。

『ごめんね。きみのまりょく、ちょっとだけもらうね』

 目の前にいた少年に超知覚の見えない触覚を伸ばして、ほんのちょっとだけ足りなかった分の魔力を失敬した。

 そのとき、慣れない魔力操作を行ったせいで、少年の魂まで千切り取ってしまったことに、ルシウスも少年も気がつけなかった。

 千切ってしまった魂は、ほんの一滴分ほど。

 その一滴だけの魂の欠片は、ルシウスには喜びを、奪われた少年には苦悩をもたらすことになる。