(信じられない。聖者とかほんと有り得ないんだから!)



 生まれて半年ほどしか一緒にいられなかったが、約一万年前、母親の胎内にいたときからの記憶があるルシウスはすべてを覚えている。

 当時、強い魔力を持つことから魔人族と呼ばれていたハイヒューマンの一族がルシウスの出身だった。

 そんな魔人族に対して、滅びの道を歩みたくなければ魔力を抑制するよう迫ってきたのが、当時近隣にいた聖者たちだった。

 本当にもう余計なお世話で、最初は一族皆で無視していたのだが、この聖者たちがとにかくしつこかった。

 幾度目かの聖者たちとの争いを経て、その余波で土地をいくつも潰した頃。

 一族は自分たちの力が世界を破壊するものと認めて、ステータスの一部を抑制することにした。

 ステータスは「体力、魔力、知力、人間性、人間関係、幸運」の主に六つ。
 元々、魔人族はほとんどの項目が平均より上だった。

 意図的に抑制できたのは幸運値のみ。
 それが現在までリースト伯爵家の者たちの幸運値の低さに繋がっている。



 そして、莫大な魔力だけは抑制できなかったので、武器に変換していくことになった。

 一本一本、まずは自分の魔力を魔法樹脂という透明な樹脂で好きな武器の形に成形する。

 その後に魔法樹脂を性質転換していく。

 様々な金属や鉱物への性質転換を試していった結果、金剛石ダイヤモンドが最も安定して魔力から転換できることを発見した。

 だが、当時生まれたばかりだったルシウスはそんな一族の行為に抵抗した。
 生まれ持った莫大な魔力は自分を守る武器であり、盾でもある。そんな大事なものを本来のポテンシャルに反した形で損なうなど、とんでもないことだ。

 魔力を武器に変換するごとに、本来持っていた魔力値は下がり続けるのだから。

 自分の力は愛する両親から受け継いだものだ。それをわざわざ手放すなんて嫌だった。



 だが、ここでまた余計な口を聖者たちが挟んできた。

「家族すら傷つける子供は、いずれ一族の衰運をもたらす」と。

 これに考え込んでしまったのが、ルシウスの家族だった父母と姉だ。

 ルシウスは産まれるときに強すぎる魔力で母胎の母親を傷つけ、宥めようとした父親の力量をも凌駕してダメージを負わせていた。

 当時のルシウスは人の言葉を既に理解していた。
 だが、まだ生まれたばかりの赤ん坊では、さすがに自分の持つ力の制御はできなかった。

 父も母も、そして姉も必死で末の弟に語りかけていたが、できない。
 強大な力はルシウスが泣けば大地を揺るがし、嵐や雷を引き起こし、そして火山を刺激して土地を荒らし引っ繰り返した。

 そんなことが起こるたびに、例の聖者どもが「その赤ん坊を始末しろ」と迫ってくる。

 しまいには姉に尻を叩かれるわ、頬を叩かれるわで散々な目に遭った。

 そして生まれてから半年と経たず、母親の跡を継いで魔王となった姉が、ルシウスの封印を決めた。



 生まれ持った魔力が強すぎて、このままでは一族もろとも破滅してしまうからということで、ルシウスは両親と一族の者たちに封印されることになった。

 一族の秘術、透明な魔法樹脂の中へと。

 その際、自力ですぐ魔法樹脂を壊して出てきてしまわないように、聖剣使いの協力を得て、一族総出で聖剣を一族が扱う金剛石の魔法剣に転換してから体内に封印されることになった。

 聖剣使い、即ち、言いがかりをつけてきた聖者たちの一味だ。
 敵対者の武器を埋め込まれるなど、屈辱以外の何ものでもない。

 だが、過剰な魔力を振り回して暴れ回る赤ん坊の弱体化には有効だった。



 今もルシウスの脳裏には、最後に見た家族の姿が鮮明に焼き付いていて、想起できる。

 長い青銀の髪を乱して、姉の魔王が怒りと悲しみの混ざった顔で涙を流しながら、泣き疲れてもう声も出ない赤ん坊に向けて聖剣を上段に構えている。


『お前は我が一族の最高傑作だ。だが、もはや世界が“最強の生物”を求めていない』

(なんで。パパとママがぼくをこうつくったのに。しんでんにきがんして、まりょくをたくさんもったつよいこになりますようにって)


 神殿で両親が祈願した内容に世界が応えた結果、ルシウスは比類なき魔力の持ち主として形作られ、この世に生を受けたというのに。


『お前が唯一無二の存在を見つけて落ち着くまで、我らはもう待てない。わかるな?』


 頬や尻を真っ赤に腫らし、自分の指をしゃぶって蹲っていたルシウスは顔を上げた。
 身体の腫れは、ほとんど、この姉に殴られ叩かれたものだ。
 ハイヒューマンのルシウスは負傷してもすぐ治る。まだ幼くて魔力の制御ができなくても、力いっぱい殴られるとその衝撃がある間は魔力の放出が止まった。


(もういたいのはいや。ねえさまがいたいのもいや)


 まだ赤ん坊で頭を思うように動かせないが、それでも同じ湖面の水色の瞳を姉と合わせた。

 嗚咽しながら振り下ろされた聖剣は、そのまま再び蹲ったルシウスの背中側から心臓に向けて突き刺さった。

 聖剣はそのまま赤ん坊の体内へと消えていく。

 小さな身体から台風のように吹き荒れていた魔力が止まった瞬間を狙って、両親や他の一族が力を合わせてルシウスを魔法樹脂の中へと封印した。



 これが、ルシウスが魔人族のハイヒューマンとして生まれながら、一万年近く魔法樹脂に封印されることになった経緯である。

 つまり本来、ルシウスは聖剣使いでもなければ、聖者でもない。

 長い年月、聖剣とともに封印され続けたことで、聖なる魔力が心身に馴染んでしまっただけの忌み子だった。