「私は魔術師のフリーダヤ。そっちの彼女は聖女のロータスだ」
「それ、超有名人じゃない。同じ名前の人?」
「本人だよー」
この、よくわからない取り合わせの男女が本当に名乗った通りの人物なら、魔力使いの世界を旧世代と新世代に分断した張本人たちだ。
どちらも800年近く、あるいはそれ以上生き続けていると言われる、世界屈指の魔力使いである。
特に魔術師フリーダヤというのは、女魔法使いのハスミンも使っている光の環を開発した術者として知られている。
「えっと」
誰か事情通はいないかなと食堂内を見回すと、ちょうど入口から受付嬢のクレアが入ってくるところだった。
(この人たち、本物?)
身振り手振りで男女を示すと、クレアはにっこり笑って両腕で大きく丸を作り、頷いて見せるのだった。
(えと、えと、……リースト伯爵家は魔法の大家だけど、もう何代も前に環は術式として取り扱わないって決めたはず……)
ルシウスは優れた魔力使いを排出するリースト伯爵家の魔法剣士だ。
魔力使いは現状、新世代と旧世代に分かれていて、環を使わないリースト伯爵家の者たちは旧世代になる。
新世代たちが使う光の円環、環のことはもちろん知っていた。
ここココ村支部では女魔法使いのハスミンが使っている。
貴重なアイテムボックス機能を持つことや、血筋や本人の魔力使いの適性と無関係に魔法魔術が使えるようになる術式であることなど、その発現条件についてもある程度、把握していた。
ただ、この環という術式には少々警戒が必要な面があって、ルシウスの故郷アケロニア王国の貴族で使っている者はほとんどいないのが実情だった。
「あのね、この不味いごはんはあの料理人がいる週一だけだから、覚えておくといいですよ。それじゃ僕はこれで」
失礼します、とほとんど手を付けていない自分の定食のトレーを持って席を立とうとしたところ。
「!?」
ルシウスのすぐ側に、聖女だというロータスが立っていて、ビクッとした。
「ごはんをおいしくしてくれて、ありがとう。これ、お礼ね」
ラベンダー色の髪の女のほうが席を立ち、テーブル脇に立ってトルティーヤを巻いてくれたルシウスの前で中腰に屈み込んだ。
驚いたが、ただお礼を言うためだけだったようだ。
「?」
頭でも撫でてくれるのかな、と待ちの姿勢になったルシウスは、あることに気づいた。
女の目は開いていたが、水色の瞳が薄っすら白く濁っている。盲目なのだ。
だが、そんな不自由さを感じさせることなく、アルカイックな笑みを浮かべて指先をルシウスの額に伸ばし、トン、と突いた。
「………………!?」
直後、頭蓋の中身が揺れ動くような衝撃が来て、ルシウスは目を回してしまった。
咄嗟にしゃがみ込んで目眩を堪えようとしたが、平衡感覚が保てず身体が傾いでいく。
床に倒れ込むところを、背中から支えてくれる腕の感触がある。
あ、もうダメだ、と仰け反ったルシウスの湖面の水色の瞳が最後に映したのは、厨房のほうから鋭く睨みつけてくる飯マズ男の姿だった。
目は合ったか、合わなかったか。
そんなことを認識する間も無く、意識が落ちた。