夜、ギルド寮内の部屋の窓、カーテンの隙間からハスミンは海岸を見下ろしていた。

 ぼやーんとネオンブルーに光る砂のお魚さんオブジェたちが夜の闇の中に浮かび上がっている。

「ンッフフフ……今度はちゃーんと結界になるよう配置して作らせたから、バッチリ!」

 ハスミンの水色の瞳は、闇に紛れてお魚さんオブジェに近づく男の姿を捉えている。

 男は何か隠蔽スキルを使っているようだが、ルシウスの作ったオブジェに近づくとスキルの効果が薄れるようで、その姿がハッキリと見える。

 そう、例の飯マズ料理人だ。

 男はオブジェを、手に持った棒で叩き割ろうとしているが、念には念を入れてルシウスが魔法樹脂で固めたオブジェだ。
 ダメージを与えられていない。

 ハスミンはネグリジェ姿の自分の腰回りに(リンク)を出した。
 利き手とは逆の左手の指先で(リンク)に触れながら、右手で魔導写真機を構える。

「ピント調節」

 そしてカーテンの隙間からパシャリパシャリと何枚も撮影した。
 すぐ室内の机に用意してあった専用の光沢紙に転写する。
 鮮明な映像だったが対象者が小さかったので、別の光沢紙に拡大して転写し直した。

「よし。顔も、お魚さんオブジェを壊そうとしてるところもバーッチリ撮れた!」

 あとはこの写真をギルマスに提出すれば良いだけだ。



 翌日、昨晩撮影した写真を持ってハスミンはギルマスの執務室を訪れた。

 情報共有のため、サブギルマスのシルヴィス、受付嬢のクレア、そして常駐冒険者のルシウスも集まっている。

「ルシウス君が作って固めた砂のお魚さんたちのことなんだけど。ルシウス君の聖なる魔力を発生する装置になってて、海岸を少しずつ浄化してることに気づいてたの。それを壊そうとしてたってことは……」
「ケンが、ココ村海岸の異常に何かしら関わってるってことか……」
「可能性は高いわね」

 机の上に広げられた写真数枚を前に、髭面ギルマスのカラドンが、喉の奥から唸るような溜め息を吐いている。

「僕はあの飯マズ男、突っかかって来るからウザいって思って警戒してたけど。ハスミンさんはどの辺りであの男がおかしいって気づいたの?」
「それはね……」

 ルシウス少年の疑問に、ハスミンは当時を思い返していた。



 ハスミンがココ村支部に出入りするようになったのは、今年の初め頃に、つるんでいた友人の魔女が行方不明になってからのことだ。

 最初は移動に便利な内陸のヒヨリ町に宿を取って友人を探していたが、ルシウスがココ村支部に来てからは、彼に興味を持ってハスミンもココ村支部に常駐するようになった。

 今は8月だが、当時はまだ6月のこと。

「ほら、あたしがお部屋借りてる寮の建物から、ギルドに向かう連絡通路の出口付近にお手洗いあるじゃない? 暑くなり始めた頃だったから、男子トイレのドアが換気のためなのか開けっぱなしになってたのよね」

 そこで偶然、中で小用を足している飯マズ男の後ろ姿を見たのだという。

 そのときハスミンは何となく視界に入れてそのまま通り過ぎようとしたのだが。
 その前に男の方が男子トイレから出てきて、ハスミンに気づかず歩いて行った。

「あの男、用足しした後、手も洗わずそのままおトイレを出て厨房に入って行ったのよ。もうー無理、私の中であの男は最警戒人物よ、ありえないー!!!」
「ひいいいいっ!」

 ハスミンが自分の華奢な身体を自分で抱き締めて震えている。
 その話を聞いた受付嬢のクレアも背筋が凍るような表情で悲鳴をあげていた。

 カラドン、シルヴィス、ルシウスの男三人も苦虫を噛み潰したような顔になっている。

「きもちわるー」

 ルシウスがげんなりしながら言った。

 そんなの、普通の人がやってもドン引きなのに、料理人としては失格レベルの行為だ。

「ハスミンさん、そういうことは教えておいてください、ケンさんの料理これまでどれだけ食べたと思ってるんですが、うえええ……っ」
「そりゃあたしだって言いたかったけど! でもその前に、あの男がルシウス君に絡むようになっていたからさあ」

 発端はそれだったが、ルシウスへの態度を見てからは、慎重に相手を観察していたのだという。

「ああいう、過剰で異常な反応を見せる人間には要注意なのよねえ」

 関わるだけで破滅的な悪影響がある。

 それ以降、ハスミンもあの男が厨房に入る日は料理を注文しないようにしている。
 ルシウスと一緒に、一日、携帯食やパンを齧って凌いでいた。



「で、どうするの? 始末する?」

 澄みきった曇りのない湖面の水色の瞳でルシウスが訊いてくる。

「接触回数を増やして、相手の反応を引き出せば尻尾を出しそうですね」
「え、それって」

 皆の視線がルシウスに集中する。
 今のところ、例の飯マズ男が過剰反応を見せているのはルシウスだけだ。

「僕にあの男に近づけっていうの!?」
「接触できる機会が週一しかねえんだ。あいつが厨房のシフトに入る日、できるだけ料理注文すれば何かしら反応見せるだろ」

 一日三食利用するなら、少なくとも三回は接触可能ということになる。

「……あんなゴミみたいな飯マズ飯、僕もう絶対食べるのヤ!」
「小さいゴミ袋を用意します。食べる振りしてその中に捨てればいいですよ」

 準備は任せてくれと、受付嬢のクレアがビシッと親指を立てて良い笑顔だ。

 違う、そういうことじゃない、と訴えても、この流れだと逆らえそうになかった。