ジュードは旅に出る前のことを思い出しながらランドールへ抜ける森の道を歩いた。ルルと楽しそうに話をしながら少し前を行くエイラの後ろ姿を見つめる。
暫く歩くと少し先に森と外との境目にある霧が見えてきた。
「ねぇジュード! もうすぐ森を抜けるよ!」
振り返りながら笑いかけてくるエイラにジュードは穏やかな顔で頷く。
「ああ。エイラ、ちゃんと前見て歩けよ」
父の死の真相を知り憤る思いで旅に出て、フィブまでいなくなってしまったジュードにとってエイラと出会えたことは幸運だった。エイラが一緒に行こうと言ってくれなければ諦めていたかもしれない。
「エイラ、ありがとう」
ジュードはお礼を言いながらエイラの横に並んだ。
「え? なにが?」
「一緒に行こうって言ってくれて」
エイラは足元を見ながらフッと笑うと、下から覗き込むようにジュードの顔を見上げる。
「違うよ。私がジュードと一緒に行きたかったの。こちらこそ、一緒に来てくれてありがとう」
エイラの無邪気な笑顔に滲みそうになる涙を必死に堪え、平静を装うように微笑み返した。
――――――――――
幻妖の森を西側から抜け、境門をくぐると大きな商業都市が広がっていた。
「わぁ、人も物もお店もたくさんだね。私こんな賑わってる街初めてだよ」
「うん。王都とは違った賑わいがある」
貴族中心の比較的上品な店が多い王都とは違い、冒険者や旅人、商人か行き交うランドールは活気に満ち溢れている。
「ねぇジュード、すっごく美味しそうな匂いがするよ! 何か食べようよ」
「そうだな」
「やった!」
二人は飲食店が立ち並ぶ方へ歩いていたが、急にエイラが立ち止まった。
「ごめん。やっぱり、やめとく……」
「え? 何で? お腹でも痛くなった?」
あんなに嬉しそうにしていたエイラが突然やめると言い出しジュードは心配になる。
「ううん、違う。なるべくお金使いたくないなって。じじ様が遺してくれた大事なお金だから……」
お金が入っているであろうポケットを握り締めたエイラの手を見たジュードは反対側のポケットの膨らみに気が付く。
「エイラ、だったらキメラの魔石を換金しに行こう」
エイラはパッと顔を上げるとポケットの上から魔石に触れる。
「あ、そっか! ゲイルさんが高く売れるって言ってたよね。忘れてたよ。ありがとうジュード」
二人は踵を返すとギルド街へと向かった。
多くの人が集まることもあり混雑を防ぐため、仕事を請け負う所、依頼する所、訓練施設、魔石や薬草などのアイテムを換金する所が各々独立した建物にあり、ギルドが一つの街になっている。
『魔石換金所』
エイラとジュードはそう書かれた建物の前までやって来た。
「ここだな」
「ギルド登録しなくても良いってゲイルさん言ってたし、このまま入って大丈夫だよね?」
「うん。たぶん大丈夫だと思うけど」
入り口の前で立ち止まり少し話込んでいると換金所から一人の少年が出てきた。少年が二人の横を通り過ぎる時、エイラは目を疑った。
「ハ、ル……?」
エイラの声に振り返った少年は目を見開き固まっている。
「エイラ……なのか?」
「ハル!」
エイラはハルと呼んだ少年に駆け寄ると勢いよく抱きつく。ハルは少しよろめきながらもエイラをぎゅっと受け止めた。
「ハル! 生きてたの?! どうしてこんな所にいるの? まさか、生きてるなんて思ってなかった!」
ハルはエイラの村の住人だった。十年前村が魔物に襲われた時、父と母に庇われ、倒れた両親の下に隠れるように埋もれていた。
ほとんどの村人が魔物によって命を奪われた後に、やって来た精霊賢者によって助け出されると、すぐにこの村から出るように言われたハルは唇を噛み締めながら無我夢中で走り抜け、逃げ延びていた。
「逃げ込んだ森の中で冒険者に助けられてランドールに来たんだ。それからずっとここで暮らしてる」
「そうだったんだ。ハルが生きててくれて良かった」
「エイラが生きてたなら村に帰れば良かったよ」
エイラはハルに抱きついたまま顔を見上げ、嬉しそうに話している。
ジュードは抱き合う二人の様子を少し離れた所で黙ったまま眺めた。
「ハルは村に住んでたエイラの幼なじみだよ」
ジュードの横で同じようにエイラとハルを見ているルルが教えてくれる。
「ルルはあの人のこと知ってるんだ」
「僕はずっと昔からあの村にいるからね。でもハルは僕のこと見えてないから知らないよ」
「そうなんだ……」
エイラとハルはしばらく話をした後、またね、と言い合いながら手を振り、エイラはジュードの所へ戻ってきた。
「ごめん、待たせちゃって。昔村に住んでた幼なじみなの。まさか生きてて、会えるなんて思ってなかった」
「そう。良かったね」
「うん!」
満面の笑みでハルの話をするエイラにジュードは少しの苛立ちを覚えながらも顔には出さず、本来の目的である魔石の換金に行こうと促す。
「入ろう」
「そうだね」
換金所に入るといくつかの受付があり、魔物の階級によって別れているようだった。
「キメラは中級の魔物だよ」
エイラは魔石をポケットから取り出す。
「これがいくらになっても分け前は半分ずつでいい?」
エイラの手のひらに乗った魔石を見ながらジュードは首を横に振る。
「俺はいらないよ」
「え? なんで?」
「お金なら持ってる」
ジュードは巾着袋を取り出しエイラに見せるが、それにほとんど膨らみはなく数枚の硬貨がシャリンと音をたてるだけだ。
「いや、それだけ? やっぱり全部は貰えないよ」
申し訳なさそうにするエイラにジュードは巾着を開け中を覗かせる。中を見たエイラは目を見開いた。
「ええ!? 全部金貨じゃない! なんでこんな大金持ってるの?」
「旅に出る時、母上に持たされたんだ」
「…………」
「…………」
巾着に入った金貨を覗きながらお互い無言になる。
「薄々気付いてはいたけどジュードって、貴族のお坊ちゃんだよね。私なんかとは住む世界が違う」
「お坊ちゃんって言うのやめろよ。それに身分なんてどうでもいいだろ」
顔が険しくなったジュードにエイラは触れてはいけなことに触れたしまったかもしれないと咄嗟に謝った。
「ごめんっ……」
「いや、ごめん。八つ当たりだ。それより早く換金してきなよ」
「うん。わかった」
エイラが魔石を持っていくと、ジュードは入り口ドア近くの壁にもたれかかり、エイラが受付に並んでいるのを見ていた。
するといきなり誰かに腕を掴まれ建物の外に引っ張り出された。
「っ!!」
ジュードを連れ出したのはハルだった。
「さっきの……」
「お前、エイラとどういう関係なんだ?」
「どういうって……旅、仲間だけど」
ハルの敵意むき出しの表情にジュードは身構える。
「その剣、精霊賢者のものだろ。それに顔つきもよく似てるよ。お前精霊賢者の息子なんだろ?」
エイラにはひた隠しにしていることを初対面のハルにはあっさりバレている。
「だったらなんだよ」
「エイラにはそのこと」
「言ってない」
ハルの言葉に被せるようにジュードは否定した。
「お前、あの時村がどんな状態だったか知ってるのか?」
ハルに問われジュードは眉をしかめた。今まで村のことはほとんど知らなかったが、旅に出る前ヘンリーとジェイコブの会話を聞いて初めて知った。父が村ごと焼き払ってしまわなければいけなかったほどの惨状を。
「オチューグが、村を襲ったことは聞いている」
オチューグは腐肉を食す魔物だ。本来生きた人間を襲うことはないはずだったが、村人は次々オチューグに襲われた。襲われた村人は瞬く間に腐敗していきその腐肉がまた新たなオチューグを呼び寄せる。そうなる前にジュードの父は全てを焼き払ったのだった。
「エイラは知らないんだろ?」
「ああ」
「この先、言うも言わないもお前の勝手だが、エイラを傷つけることだけは許さない」
「わかってる!」
エイラを傷つけたくない。それはジュードがエイラと出会ってからひしひしと感じていることだ。
「お前の目的は知らないが、エイラに何かあったら俺がエイラを連れていく」
ハルはジュードの耳元で呟くとそのまま去って行った。
暫く歩くと少し先に森と外との境目にある霧が見えてきた。
「ねぇジュード! もうすぐ森を抜けるよ!」
振り返りながら笑いかけてくるエイラにジュードは穏やかな顔で頷く。
「ああ。エイラ、ちゃんと前見て歩けよ」
父の死の真相を知り憤る思いで旅に出て、フィブまでいなくなってしまったジュードにとってエイラと出会えたことは幸運だった。エイラが一緒に行こうと言ってくれなければ諦めていたかもしれない。
「エイラ、ありがとう」
ジュードはお礼を言いながらエイラの横に並んだ。
「え? なにが?」
「一緒に行こうって言ってくれて」
エイラは足元を見ながらフッと笑うと、下から覗き込むようにジュードの顔を見上げる。
「違うよ。私がジュードと一緒に行きたかったの。こちらこそ、一緒に来てくれてありがとう」
エイラの無邪気な笑顔に滲みそうになる涙を必死に堪え、平静を装うように微笑み返した。
――――――――――
幻妖の森を西側から抜け、境門をくぐると大きな商業都市が広がっていた。
「わぁ、人も物もお店もたくさんだね。私こんな賑わってる街初めてだよ」
「うん。王都とは違った賑わいがある」
貴族中心の比較的上品な店が多い王都とは違い、冒険者や旅人、商人か行き交うランドールは活気に満ち溢れている。
「ねぇジュード、すっごく美味しそうな匂いがするよ! 何か食べようよ」
「そうだな」
「やった!」
二人は飲食店が立ち並ぶ方へ歩いていたが、急にエイラが立ち止まった。
「ごめん。やっぱり、やめとく……」
「え? 何で? お腹でも痛くなった?」
あんなに嬉しそうにしていたエイラが突然やめると言い出しジュードは心配になる。
「ううん、違う。なるべくお金使いたくないなって。じじ様が遺してくれた大事なお金だから……」
お金が入っているであろうポケットを握り締めたエイラの手を見たジュードは反対側のポケットの膨らみに気が付く。
「エイラ、だったらキメラの魔石を換金しに行こう」
エイラはパッと顔を上げるとポケットの上から魔石に触れる。
「あ、そっか! ゲイルさんが高く売れるって言ってたよね。忘れてたよ。ありがとうジュード」
二人は踵を返すとギルド街へと向かった。
多くの人が集まることもあり混雑を防ぐため、仕事を請け負う所、依頼する所、訓練施設、魔石や薬草などのアイテムを換金する所が各々独立した建物にあり、ギルドが一つの街になっている。
『魔石換金所』
エイラとジュードはそう書かれた建物の前までやって来た。
「ここだな」
「ギルド登録しなくても良いってゲイルさん言ってたし、このまま入って大丈夫だよね?」
「うん。たぶん大丈夫だと思うけど」
入り口の前で立ち止まり少し話込んでいると換金所から一人の少年が出てきた。少年が二人の横を通り過ぎる時、エイラは目を疑った。
「ハ、ル……?」
エイラの声に振り返った少年は目を見開き固まっている。
「エイラ……なのか?」
「ハル!」
エイラはハルと呼んだ少年に駆け寄ると勢いよく抱きつく。ハルは少しよろめきながらもエイラをぎゅっと受け止めた。
「ハル! 生きてたの?! どうしてこんな所にいるの? まさか、生きてるなんて思ってなかった!」
ハルはエイラの村の住人だった。十年前村が魔物に襲われた時、父と母に庇われ、倒れた両親の下に隠れるように埋もれていた。
ほとんどの村人が魔物によって命を奪われた後に、やって来た精霊賢者によって助け出されると、すぐにこの村から出るように言われたハルは唇を噛み締めながら無我夢中で走り抜け、逃げ延びていた。
「逃げ込んだ森の中で冒険者に助けられてランドールに来たんだ。それからずっとここで暮らしてる」
「そうだったんだ。ハルが生きててくれて良かった」
「エイラが生きてたなら村に帰れば良かったよ」
エイラはハルに抱きついたまま顔を見上げ、嬉しそうに話している。
ジュードは抱き合う二人の様子を少し離れた所で黙ったまま眺めた。
「ハルは村に住んでたエイラの幼なじみだよ」
ジュードの横で同じようにエイラとハルを見ているルルが教えてくれる。
「ルルはあの人のこと知ってるんだ」
「僕はずっと昔からあの村にいるからね。でもハルは僕のこと見えてないから知らないよ」
「そうなんだ……」
エイラとハルはしばらく話をした後、またね、と言い合いながら手を振り、エイラはジュードの所へ戻ってきた。
「ごめん、待たせちゃって。昔村に住んでた幼なじみなの。まさか生きてて、会えるなんて思ってなかった」
「そう。良かったね」
「うん!」
満面の笑みでハルの話をするエイラにジュードは少しの苛立ちを覚えながらも顔には出さず、本来の目的である魔石の換金に行こうと促す。
「入ろう」
「そうだね」
換金所に入るといくつかの受付があり、魔物の階級によって別れているようだった。
「キメラは中級の魔物だよ」
エイラは魔石をポケットから取り出す。
「これがいくらになっても分け前は半分ずつでいい?」
エイラの手のひらに乗った魔石を見ながらジュードは首を横に振る。
「俺はいらないよ」
「え? なんで?」
「お金なら持ってる」
ジュードは巾着袋を取り出しエイラに見せるが、それにほとんど膨らみはなく数枚の硬貨がシャリンと音をたてるだけだ。
「いや、それだけ? やっぱり全部は貰えないよ」
申し訳なさそうにするエイラにジュードは巾着を開け中を覗かせる。中を見たエイラは目を見開いた。
「ええ!? 全部金貨じゃない! なんでこんな大金持ってるの?」
「旅に出る時、母上に持たされたんだ」
「…………」
「…………」
巾着に入った金貨を覗きながらお互い無言になる。
「薄々気付いてはいたけどジュードって、貴族のお坊ちゃんだよね。私なんかとは住む世界が違う」
「お坊ちゃんって言うのやめろよ。それに身分なんてどうでもいいだろ」
顔が険しくなったジュードにエイラは触れてはいけなことに触れたしまったかもしれないと咄嗟に謝った。
「ごめんっ……」
「いや、ごめん。八つ当たりだ。それより早く換金してきなよ」
「うん。わかった」
エイラが魔石を持っていくと、ジュードは入り口ドア近くの壁にもたれかかり、エイラが受付に並んでいるのを見ていた。
するといきなり誰かに腕を掴まれ建物の外に引っ張り出された。
「っ!!」
ジュードを連れ出したのはハルだった。
「さっきの……」
「お前、エイラとどういう関係なんだ?」
「どういうって……旅、仲間だけど」
ハルの敵意むき出しの表情にジュードは身構える。
「その剣、精霊賢者のものだろ。それに顔つきもよく似てるよ。お前精霊賢者の息子なんだろ?」
エイラにはひた隠しにしていることを初対面のハルにはあっさりバレている。
「だったらなんだよ」
「エイラにはそのこと」
「言ってない」
ハルの言葉に被せるようにジュードは否定した。
「お前、あの時村がどんな状態だったか知ってるのか?」
ハルに問われジュードは眉をしかめた。今まで村のことはほとんど知らなかったが、旅に出る前ヘンリーとジェイコブの会話を聞いて初めて知った。父が村ごと焼き払ってしまわなければいけなかったほどの惨状を。
「オチューグが、村を襲ったことは聞いている」
オチューグは腐肉を食す魔物だ。本来生きた人間を襲うことはないはずだったが、村人は次々オチューグに襲われた。襲われた村人は瞬く間に腐敗していきその腐肉がまた新たなオチューグを呼び寄せる。そうなる前にジュードの父は全てを焼き払ったのだった。
「エイラは知らないんだろ?」
「ああ」
「この先、言うも言わないもお前の勝手だが、エイラを傷つけることだけは許さない」
「わかってる!」
エイラを傷つけたくない。それはジュードがエイラと出会ってからひしひしと感じていることだ。
「お前の目的は知らないが、エイラに何かあったら俺がエイラを連れていく」
ハルはジュードの耳元で呟くとそのまま去って行った。