ジュードがフィブと契約し、五年が経った。ジュードは十三歳とは思えないほどの力をつけていた。

「フィブ行くよ!」
「うんっ」

――ボワッ

 ジュードが剣を構えると炎が纏う。四方八方からシュルシュルと伸びてくる蔓を焼き切るように剣を振るうとゲイルに詰め寄っていく。

「ジュード、油断するなよっ」

――シュルシュルシュル

 蔓がジュードの足に巻き付き引っ張られるとジュードの視界は反転する。だが、ジュードは片方の足で地面を蹴るとそのまま回転し、空中で足に巻きついた蔓を焼き切ると滑り込むようにゲイルの背部へと回り首元で剣を止めた。

「あっついぜっ」

 ゲイルは息を上げながら炎を纏った剣から逃げるように倒れ込む。

「俺の勝ちだな」

 ジュードは剣を鞘に仕舞いながら得意気な顔で倒れ込んだゲイルを見下ろす。

「ああ、本当にお前は強くなったよ。フィブとも良く息が合ってる」

 ゲイルは体を起こすと胡座をかき、立ったままのジュードを見上げる。

「これで俺は心おきなく騎士団を辞めることができるよ」
「え……? 騎士団を、辞める?」

 突然のゲイルの報告にジュードは頭が回らない。
 十三歳になったジュードは来月から騎士団の訓練生になる予定だ。二年の訓練を終えれば正式な王宮騎士団としてゲイルと一緒に国のために働けると思っていた。

「どうして? なんで急に辞めるなんて!」
「俺はお前が一人前になったら騎士団を辞めて冒険者になるって決めてたんだ。各地を旅して自由に生きるんだよ」
「そんな! 嫌だよ。ゲイルさんと居たいよ!」

 ジュードは声を荒げ拳を握り締める。

「ジュード、そんな幼い子どもみたいなことを言うな。お前は強くなるんだろ? これからは俺がいなくてもしっかり自分の足で立って自分で考えて生きていけ」

 強くいなければと思うジュードはゲイルの言葉に何も言えず俯く。
 ゲイルは立ち上がり俯いたジュードの両肩を強く握ると小さく、それでいて力強くジュードの耳元で呟いた。

「それと、真実は自分の目で見極めろ」



『真実は自分の目で見極めろ』

 それはジュードの父の遺言だった。

「ねぇ、それってどういう意味なの?」
「ばかだなぁ、それを自分で考えろって言ってんだよ!」

 ゲイルはジュードの頭をわしゃわしゃと撫でた。

 それから数日後にゲイルとリンは冒険者として旅立って行った。

――――――――――

 騎士団の訓練生になったジュードは他の訓練生が相手にならないほど群を抜いて強かった。何人かは妖精と契約し魔法を使う者もいたが、ゲイルが仕込んだジュードの戦法は誰も太刀打ち出来ない。
 それでもジュードは日々の鍛練を欠かさず、強くなるために誰よりも努力した。

 そして二年の訓練を受け、もうすぐ騎士団に入団する。


「良いよな、ジュードは。あの先代精霊賢者の息子で、ゲイルさんの愛弟子だぜ。しかも公爵家の跡取り! 出世間違いなしだな」

 もう他には誰もいない訓練場に並んで座り、茶化すように言ってくるのは同じ訓練生のアンドリューだ。

「アンドリューだって入団式の新団員代表に選ばれてるじゃないか。お前の方が出世するよ」
「いや! それは周りが親父に気を遣って俺を選んだだけじゃないか。俺はお前に一度だって勝てたことがないってのに。全く惨めなもんだぜ」

 そんなことを言っているが、現騎士団長を父に持ち、幼い頃から訓練を積んできているアンドリューは訓練生の中ではジュードの次に強かった。

「俺は別に出世なんて興味ないよ」
「じゃあなんでそんなに強くなることにこだわるんだよ」
「強くなることが、父上の遺言だから」
「すごいよなジュードは。もういない父親の遺言ちゃんと守って。俺なんか親父に毎日毎日『強くなれ、一番になれ、もっと訓練しろ』って。もう嫌になるよ」
「そんなこと言って、こうやってちゃんと毎日自主練だってしてるじゃないか」

 ジュードとアンドリューは訓練の後、いつも二人で手合わせをしている。

「あー。入団前に一回くらいジュードに勝っておきたかったな」

 アンドリューは頭の後ろで手を組むとそのまま寝転んだ。
 そして寝転んだままジュードを見上げる。

「そういえば、この前モラレス公爵がうちに来てたぜ。なんか親父と精霊の源がどうとか話してた」

 ヘンリー・モラレス。モラレス公爵家当主であり、ジュードの伯父だ。平民出身だったジュードの父はジュードの母と結婚する時、モラレス公爵家の婿養子になり、その後公爵家を継いだ。ジュードの父が亡くなった後、跡取りのジュードがまだ幼かったため、今はヘンリーが公爵家を継いでいる。

「精霊の源か……もう父上が亡くなってもうすぐ十年になるのにまだ新しい精霊賢者は現れてないんだよな」
「それがさ親父、次の精霊賢者は俺がなれって言うんだ。なれって言われてなれるもんでもないし。精霊賢者ってさ、短命だって言うだろ? 俺は強くなるよりも長生きしたいぜ」

 アンドリューの言うとおり歴代の精霊賢者は皆短命だった。精霊の源が宿ることにより、全ての妖精の力を強制的に使うがその分体にも負担がかかる。皆、国のために力を使い若き英雄として命を終えた。ジュードの父もそうだった。

 ジュードは胡座をかいたまま遠くを見つめ黙っている。

「悪い、ジュードに言うことじゃないな」
「いや、アンドリューの言う通りだよ。どんなに力を手に入れても生きていないと意味がないんだ。俺も精霊の源はいらない。フィブが居てくれたら充分だ……」

――――――――――

 その日、モラレス公爵邸にはアンドリューの父ジェイコブが押し掛けていた。
 ヘンリーの書斎でなにやら言い争う声が聞こえてくる。ジュードはそのただならぬ様子に書斎のドアの前で聞き耳を立てる。

「お前は思惑通り公爵になったというのに、俺は精霊の源を手に入れることも出来ず歳をとり、アンドリューを精霊賢者にしようとしてもあいつの息子の方が強いって言うじゃないか!」
「まあまあ、落ち着いて下さいジェイコブ団長。もうすぐあなたのご子息も入団ではないですか。ジュードさえいなければあなたのご子息が精霊賢者になれますよ」

 ヘンリーはジェイコブを宥めようとするが、ジェイコブの怒りは収まる様子がない。

「お前がイーサンを殺せば次は俺が精霊賢者になれると言ったから村を一つ犠牲にしてイーサンの力を使わせたんだ!」

(っ!! 父上を殺す?)

 ジュードは書斎にいる二人にバレないように聞き耳を立てながらも会話の内容にだんだんと鼓動が早くなる。

「あの時、イーサンの次に強いのはあなたでした。イーサンが亡くなる時に近くに居ればすぐに精霊の源があなたに宿ると思ったんですよ」

――――――――――

 本来なら長男であるヘンリーがモラレス公爵家を継ぐはずだった。だが、妹と結婚した平民出身の精霊賢者に家督を取られたヘンリーはイーサンが邪魔で仕方がなかった。そんな時、同じくイーサンを邪魔に思うジェイコブに会った。

 ジェイコブは自分が精霊賢者になり、先代のように国王よりも大きな権力を手に入れることに躍起になっていた。だが、ジェイコブに精霊の源が宿ることはなく同じ騎士団のイーサンに精霊の源は宿った。
 平民出身の一騎士が精霊の源を手に入れた途端、国民からもてはやされ公爵にまでなったことが気にいらなかった。よく『俺が精霊の源を手に入れていれば』と漏らしていたところにヘンリーはつけ込んだ。 

「イーサンを殺せば次の精霊賢者はあなただ」

 そしてイーサンがいなくなれば自分が公爵になれる。

 ジェイコブは何の根拠もない話を鵜呑みにし、イーサンを亡きものにするためにわざと力を極限まで使わせ、力の使い過ぎで体が衰弱し亡くなったように見せかけることにした。

 普段は冒険者によって倒され、森から出ることのない魔物をわざと人の住む村に誘き寄せ騎士団を討伐に向かわせた。だが、他の団員には虚偽の報告をし、現場にはイーサンだけが向かった。
 イーサンは村の悲惨な状況に許容を越えた力を使わざるをえなかった。
 
――――――――――

(父上が亡くなったのは仕組まれたことだったんだ。それにジェイコブ団長はアンドリューより強い俺の命も狙っているのかもしれない)

 ジュードは拳を握り締めながら自室へと向かった。部屋の前にはジュードの母が申し訳なさそうな顔で立っている。

「母上……」
「ジュード、ごめんなさい」

 母は涙を流しながらそっとジュードを抱きしめた。

「あなたのお父様も、あなたのことも守ってあげることができない私を許して」
「母上、俺王宮騎士になるのは辞める」

 ジュードはゆっくりと母の体を離すと、涙を流す母の目をじっと見つめる。

「ジュード……」
「俺、精霊の源を探しに行く。伯父上やジェイコブ団長のいいようにはさせない」

 その後すぐジュードは騎士団入団を辞退し、精霊の源を探す旅に出ることに決めた。

 精霊賢者にはなりたくないと言っていたアンドリューには本当のことを告げた。

「元々親父のこと胡散臭いと思ってたけどまさかそんなことをしてたとは……まあ俺、絶対親父の言いなりになんかならないから。ジュードは安心して旅に出ろよ」

 アンドリューはそう言って快くジュードを送り出してくれた。

 ジュードはフィブと一緒に旅に出ると様々な土地を回った。だが、フィブは突然ジュードの父が最後に討伐に行った村へ行きたいと言うと、村に着いた途端なくなってしまった。八年間大切にしてきた契約まで解消して。